経営層と従業員の目標意識を一致させることが大切
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 日本は経済規模で世界第4位を誇る一方、幸福度では55位にとどまっている。この大きなギャップを「ウェルビーイング」という視点で捉えると、日本社会が抱える深刻な課題が浮かび上がる。幸福と経済をどう両立させるのか。『ウェルビーイングのジレンマ』(デロイト トーマツ グループ著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集、有識者や先進企業の事例を元に解決策を探る。

 ウェルビーイング経営において、ステークホルダーの幸福と経済価値を両立させるために求められる3つのステップとは?

ウェルビーイング経営のアプローチ

 ウェルビーイング経営は、企業や自治体、国などあらゆる組織において、ステークホルダーの幸福(主観的幸福)と経済価値を両立させる経営手法である。この手法を通して目指す姿は、企業や自治体などあらゆる組織において、ステークホルダーと「双方向のつながり」を構築することにある。

 そのためには組織にとって重要なステークホルダーを特定し、それぞれの関係者との間で、組織の目指す方向性と幸福感を合意形成しながら、目的の達成に向けて関係を強化するプロセスが重要になる。本書では、ステークホルダーとの関係を構築するプロセスを、「顕在化」「結束化」「経済化」の3ステップで進めることを提唱する。

 最初に各組織において、どのステークホルダーの幸福度を高めるのかを選定することが必要だ。とりわけ企業では、顧客、従業員、地域社会、投資家など、企業経営に関わるステークホルダーは多様である。ここで、自社のパーパス(存在意義)と事業に基づいてステークホルダーの対象範囲を決める必要がある。

 ステークホルダーを特定した上で、ステップ1では、各ステークホルダーが潜在的に有している幸福感と、組織の方向性が合意できるところを可視化し明確にする「顕在化」を行う。ステークホルダーごとに個々人が有するニーズや価値観を「顕在化」し、組織の方向性との間での共通理解と目標を合意することが重要な第一歩になる。

 こうした共通理解に基づいて、双方の関係を強化するのがステップ2の「結束化」である。企業とステークホルダーがこの共通理解や目標に基づいて結束力を高め、継続的に協力できる関係を構築する。

 このような強固な関係が構築されると、ステークホルダーの幸福度の向上や行動の変化などが生まれる。ステップ3の「経済化」では、前段階で生まれた様々な変化を自社の経済活動に結びつけることで、経済価値の創出へとつなげる。

 これら三つのステップは独立したものではなく、段階的に進行し、長期的な視点で継続することが重要である。

 以上の3ステップを整理したものが図2-1で示すウェルビーイング経営のフレームワークである。では、各ステップで具体的に何をするか、順を追って見ていく。

ステップ1「顕在化」:共通理解を形成

 最初のステップである「顕在化」は、各ステークホルダーが潜在的に求める主観的な幸福を明確にし、その上で組織が目指す目標との共通理解を形成することである。ステークホルダーの幸福と組織の経済価値を両立させるためには、ステークホルダーの求めるものが分かっていなければ、幸福も経済価値の向上も“押し付け”になりかねない。

 そこで双方向のつながりを通じて、ステークホルダーの潜在的なニーズを可視化することが必要となる。ここでは、組織からの一方的な情報発信や質疑応答にとどまることなく、対話を通じて互いの理解を深め共通目標を特定していく。共通の目標が定まれば、それを実現する具体的な方法が見えてくる。こうした最初のステップでの合意が、幸福と経済価値を両立するプロセスを進める基本となる。

 例えば企業と従業員との関係では、経営層と従業員が企業ビジョンについて対話する場を設けることが有効だ。そして従業員一人ひとりが、企業や仕事に求める姿や理想について深く掘り下げていく。

 具体的には、「仕事で最もやりがいを感じるのはどんな時か?」「会社にどんな貢献をしたいか?」「この会社のビジョンに共感するところはどこか?」などの問いを投げかけていく。同僚同士やチーム内での対話などを喚起することも一つの手法だ。これらを通して、経営層と従業員の相互理解を深め、共通の目標意識や最適な業務を模索するのである。

 この「顕在化」は3ステップ全体の成否やゴールを決定付ける“要”のステップとなる。なぜなら、「顕在化」で得られた共通理解や目標が、以降のステップでのステークホルダーの行動やその成果を大きく左右するためだ。ここがおざなりになれば「ボタンの掛け違い」が発生し、その後のステップが失敗しかねない。

ステップ2「結束化」:継続的な協力促進

「結束化」とは、組織とステークホルダーが共通理解や目標に基づき、継続的に協力できるように関係性を強化する段階である。押し付けられた活動は長続きせず、効果も薄い。だからこそ、各自の共通理解や目標と合致する形で協力し続けられるように促すことが重要となる。

 この段階で重要なのは、ステークホルダーの自発的な行動を動機付ける仕掛けをつくることである。「顕在化」で見定めた共通理解や目標を活用し、ステークホルダーの幸福度の向上につながるような具体的な行動を促す制度や仕組みを整える。

 例えば、企業が地域住民の協力を引き出す場合を例に取ると、地域に貢献し多くの人とつながりたいというニーズを顕在化した上で、地元産品のマルシェ、伝統工芸体験教室、地元食材料理教室などの機会を提供する取り組みが当てはまる。これらの仕掛けにより、住民は地域へ貢献する実感を得られるとともに、地域住民同士の交流も深まり、地域全体が盛り上がる原動力になる。双方向のつながりを一過性ではなく継続的にしてゆく段階が「結束化」である。

 このように「結束化」とは、組織とステークホルダーの双方にとって、共通の目標に向かう関係性をより強固にしていくステップである。

ステップ3「経済化」:経済価値への結びつけ

「経済化」は、ステークホルダーと組織との双方向の関係を基にして経済価値に結びつける総仕上げの段階である。

 各ステークホルダーの主観的な幸福と組織の方向性を一致させる「顕在化」、さらに双方の関係を強化するための「結束化」、そして経済価値に結びつける「経済化」の3段階を経て、幸福と経済価値の両立は可能になる。

「経済化」は、企業においては経済価値を高める必要性は自明であるが、国や自治体においても経済活性化や財政力の強化はウェルビーイングな社会を実現する上で必要不可欠であり、あらゆる組織において重要な意味を持つ。

 各ステークホルダーの幸福を組織が一貫した方向性に向かって関係づけることで経済的な成果に結びつけやすい。

 例えば企業では、顧客の幸福度が上昇すれば、顧客が企業の長期的なファンとなり、周囲の人々にも製品やサービスを勧めるなど潜在顧客の開拓にもつながる。地域自治体においても、住民の満足度が高まると地域に根付いた継続的な活動が広がり、そこに人が集まりにぎわいが生まれることで経済活動の活性化につながる。こうしたステークホルダーの幸福を高める関係性を経済的な成果に結びつけることが「経済化」である。

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