
日本経済は1990年代以降、「失われた30年」といわれる低迷期が続いている。一方でアメリカは高成長を続け、その中でアマゾン、グーグル、フェイスブックといった世界をけん引する大企業が生まれてきた。日米の経済成長の差が大きく開きはじめた1995年に何が起きたのか、これから求められるマネジメントの役割やリーダーシップについて、武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部学部長で、Musashino Valley代表の伊藤羊一氏が講演で語った骨子をお届けする。
失われた30年、日米の分岐点となった1995年に起きたこと
日本では失われた30年といったことがよく言われ、実際にさまざまな指標を見ても、日本は本当に弱くなった印象があります。
下記グラフは、名目国内総生産の推移です。
1980年から2020年の40年間で見ると、最も額が大きく成長著しいのはアメリカです。第2位の中国も2005年くらいから大きな成長を遂げています。その次が日本で、2020年までは第3位であるものの2023年にはドイツに抜かれました。2025年にはインドにも抜かれて第5位になる見込みです。
グラフを見ると、アメリカや中国が右肩上がりであるのに対し、日本は1995年以降、ほぼ横ばいのまま30年がたっています。”失われた30年”は「全く成長がない30年」だったことが分かります。
1995年まではアメリカと同じ調子で成長していた日本が、なぜ成長しなくなったのでしょうか。
1995年は米マイクロソフトから「Microsoft Windows 95」が出た年です。Windows 95をPCに入れて、モデムを買い、ケーブルをつないだらインターネットが使えるようになりました。インターネットが誰にでも使えるようになったということから「インターネット元年」ともいえる年です。
その年以降、日本経済が成長しなくなる一方で、アメリカでは、ヤフー、アマゾン、ネットフリックス、グーグルなどの「テックジャイアント」(巨大なIT企業)が生まれました。
妄想を形にしたテックジャイアント
日本でもインターネット企業が多少生まれたものの、アメリカと比べると規模も数も違います。日本が成長しなくなったのは、こうした巨大企業が生まれなかったからだと思います。
これらの巨大企業は「個人の妄想を形(かたち)にした会社」といえるでしょう。
例えばツイッターの場合、「140字で世界中の人と情報交換できたら嬉しいな」という思いから始まったし、Amazonについても、「インターネットで注文したものが届くようになったらいいな」という妄想を形にしたものといえます。
日本はそうした妄想を形にすることに弱かったのでしょう。インターネットはいろいろな妄想を形にできる魔法のツールです。日本が成長できなかったのは、そのインターネットを活用できなかった結果なのだと思います。
1995年前後でマネジメントは大きく変わり正解がなくなった
1995年はインターネットが広く普及した年ですが、マネジメントも大きく変わったと思います。私は、1995年以前をヒエラルキーに準じた「タテの社会」と呼んでいますが、その世界では正解があったため、マネジメントにおいては「教えて育てる」ことが重要でした。
コミュニケーションは上意下達で、「これをやる」と大きな声で言うのがマネージャーの重要な仕事でした。メンバーは、個々の意見を持つ必要はなく、正解に早く正確にたどり着く力が求められます。
しかし、1995年以降の「アフターインターネット」では、正解がなくなりました。「ヨコの社会」で、みんなでフラットに正解を求めていく必要が出てきたのです。求められるマネジメントは、「教えて育てる」よりも「対話と議論の場づくり」です。
対話と議論の場をつくるのは、フラットに一人一人意見を言い合うためです。例えば、社長と専務と部長と新入社員が集まってアイデアを出し合うときに、社長が偉いからといって社長の意見だけが重用されてはいけないわけです。
誰でもフラットに言い合える状況が必要で、さらに、「意見はみんな違ってみんないい」「自分の思いこそが大事」だと変わってきました。いわばアメリカは、もともとそういう国だったのです。
日本はタテ社会のヒエラルキーで、上意下達で「これをやる」「はい、分かりました」といった文化でした。1995年以前のものづくりの時代では、そうした日本が非常に強かったのです。
しかし、現在は、正解がないヨコ社会に生きているので、一人一人の声や思いで社会をつくっていく必要があります。
チームの力の最大化に向けて必要なこととは?
マネジメントというと「管理する」という意味に捉えられがちですが、それが全てではありません。マネージするという言葉には、「なんとかする」という意味があります。マネージャーというのは管理職でも偉い人でもなく、なんとかする役割を担った人です。
何をなんとかするのかというと、「チームをゴールに導く」仕事をなんとかするわけです。つまり、マネジメントの仕事とは、「ゴール」「導く」「チーム」という3要素をどうにかすることです。
「ゴール」では、ゴールを設定してチームに共有することが必要です。「導く」では、固定されたゴールまでのプロセスを明確にして導くことが大事になります。
では、「チーム」についてはどんなことをするのか。簡単にいうと、チームの力を最大化するわけです。具体的にどうするかというと、2つあります。
1つは心理的安全性が高い職場にするということです。要は、メンバーが来たくなる職場にすることと、言いたいことが言い合える職場にすることが大切です。
もう1つは、一人一人の才能と情熱を解き放つことです。必ずその人が持つ才能や情熱があるので、それを解き放つのが仕事です。
「1:N」と「1:1×N」のコミュニケーションが重要
メンバーそれぞれの才能と情熱を解き放つにはどうすれば良いかということで、よく挙げているのが「1:N」と「1:1×N」です。
「1:N」とは、マネージャーからN人のチーム全体に対して話すことです。まず、設定したゴールをチームに共有する時に、全体にプレゼンする必要があります。そうしないと、「聞いていない」「知らなかった」といったことになりかねません。
次に重要なのは、「1:1×N」、つまり1対1の対応をチームの人数分行うことです。「目標はこれです」と全体に伝えたところで、一人一人受け取り方が異なります。楽勝だという人もいれば、きついと考える人もいます。捉え方が異なることを認識し、一対一で「どう?」と聞くことが大切です。最初だけでなく期中も聞く。それで「厳しい」という場合は、「担当を減らそうか?」「サポートをつけようか?」などとフォローする必要があります。
メンバーとしても、人間関係をどうしようかとか、どういう戦略でゴールを達成しようかなど、いろいろ考えているわけです。そこでマネージャーが一対一で「悩んでいることはない?」とフォローしながら、N人を輝かせていくことが大切です。
リーダーシップを育てるには夢を語り、夢を笑わない環境が必要
今、武蔵野大学でアントレプレナーシップ(起業家精神)学部をつくっているのですが、そこで得たことを元に、リーダーシップについてお話しします。
アントレプレナーシップは、起業する人だけに必要なものではありません。学部ではアントレプレナーシップを、「高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずに踏み出し、新たな価値を創造していくマインド」と定義しています。
失敗を恐れずに新たな価値を創造していくということは、起業家だけではなくビジネスパーソンを含め誰にでも必要なマインドです。
実際にやっていることを少し紹介しますと、授業の中で起業体験をします。座学なしの実践中心で常にコミュニケーションしながら展開しています。
私たちが実践している非常に大事なことが下図になります。
まず、刺激的なインプットがあります。刺激的なインプットはどこの世界でも必要です。インプットしてアウトプットしないと成長しませんから、Aha!(分かった)と気付いたらやってみるというアウトプットも同時に必要です。
インプットからアウトプットまでの間、どうやって成長するかというと「考える」ことがまず大切です。
そして、自分で考えるだけでなく、「みんなで話してみる」ことが大事です。一人で考えて、やるぞと思っても、翌日になれば、気持ちが薄れて行動に至らないこともあります。しかし、みんなで話してみることで盛り上がり、膨らませていけるわけです。
リーダーシップを育むためには、インプットして考え、みんなで話して、Aha!と気付いたらやってみる、これをひたすら繰り返すことが大切です。そうすることで、自分のリーダーシップも育ち、メンバーのリーダーシップも育っていきます。
みんなで話すことが大切で、さらに言うと、リーダーシップをもって、ゴールに向かってリードしていくことが重要です。みんなで夢に向かっていく。だから、みんなで夢を話すことが非常に大事だと考えます。
リーダーシップも、夢がなかったらどこに向かうべきか分かりません。そこで「あなたの夢はなんですか」ということをみんなで話す。また、夢を語ると同時に、その夢を笑わない環境をつくることも大事だと考えています。
「学部をつくってみたけれども、どうだった?」と学生に尋ねてみたら、「最高です」と言うわけです。なぜかと尋ねると、「うちの学部は教員も学生もみんな、人の夢を笑わない。どんなにばかばかしい夢であっても、無理と言わない。だから自分の夢を語れるようになる」という返答でした。夢を笑わない環境をつくると、人は自分の夢を考え、口にし、踏み出すようになるのです。
マネジメントは、一対一で話していく。そしてリーダーシップでは、夢を語る、夢を笑わない環境をつくる。そんな話をしてきました。
最後に、パーソナルコンピューターの父ともいわれるアメリカのアラン・ケイの「The Best way to predict the Future is to Invent it.」という言葉をお伝えします。「未来を予測する最良の方法はそれを発明すること」つまり「未来は予測するものでなく創るもの」という言葉です。マネジメントでリーダーシップを持ち、みんなで未来を創っていきましょう。





