
通常、15年程度かかるといわれる創薬開発に対し、売り上げが極端に減るパテントクリフ(特許の壁)とも向き合う必要がある製薬業界。国内大手の塩野義製薬では、2023年6月に改訂した中期経営計画「STS2030 Revision」の実現に向け、経営基盤の強化に取り組んでいる。同社の理事・経営戦略本部経営企画部部長の水川貴史氏が、計画の背景や中身、目指すものについて語った講演の概要をお届けする。
異例のスピードで、COVID-19の経口治療薬を開発
国内大手製薬企業の塩野義製薬では、目下、2023~2030年度の中期経営計画「STS2030 Revision」を達成すべく経営基盤の強化に取り組んでいる。
STS2030 Revisionは、2020年6月に策定された「SHIONOGI Transformation Strategy 2030(STS2030)」を、2023年6月に改訂したものだ。
この計画においては、「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」というビジョンのもと、従来の医療用医薬品のみを提供する「創薬型製薬企業」から、ヘルスケアサービスとしての価値を提供する「HaaS(Healthcare as a Service)企業※」へと変革し、患者や社会の困りごとを包括的に解決していくとしている。
※HaaS(Healthcare as a Service):医薬品の提供にとどまらず、顧客ニーズに応じたさまざまなヘルスケアサービスを提供すること
そして、計画の実現に向けた経営基盤強化策として、業務改革、構造改革、意思決定プロセス改革、人材強化を推し進めている(下図)。
業務変革の前提には、COVID-19の経口治療薬ゾコーバの創製において、約2年で国内緊急承認までこぎつけた成功例がある。医薬品の開発に通常9~16年はかかるともいわれることと比較すれば異例のスピードといえる。塩野義製薬では、この経験を特殊なものとせず、自社のスタンダードとすべく業務プロセスの改善を図っていく考えだ。
目下、さまざまな施策を通じて進めている経営基盤強化の背景と中身について、理事・経営戦略本部経営企画部部長の水川貴史氏が語った骨子をお届けする。
塩野義製薬 理事、経営戦略本部 経営企画部 部長、水川貴史氏
医薬品創薬の大きな課題、パテントクリフ(特許の崖)
医薬品には、病院で処方される医療用医薬品と薬局で買える一般用医薬品があり、さらに医療用医薬品は、新薬とジェネリックとに分かれます。塩野義製薬では、この新薬をメインとしています。
医療用医薬品が発売されるまでには、非常に長い時間がかかります。開発期間だけでなく、開発コストも大いにかかるため、早い段階で失敗するのはまだしも、開発の後半で不成功に終わると倒産のリスクさえあるビジネスです。
また、新薬発売には約15年の歳月がかかるため、ニーズを考える際も今のニーズでなく、10年20年先のニーズを考えなければなりません。
さらに、新薬についてはパテント(特許)が切れると、ジェネリック医薬品を出しても良いことになっています。
このジェネリックが出てくると、パテントクリフ※といって売り上げが8~9割も減ってしまいます。特許期間中にいかに売り上げ・収益を上げていくか、また、いかに次から次へと新薬を出していくかが勝負です。それができないと会社の存続が難しくなっていきます。
※パテントクリフ:特許の崖といわれる。新薬に関する特許が切れ、ジェネリック薬品の販売によって売り上げが激減すること。
強みは自社創薬比率の高さとロイヤルティー収入
中期経営計画は2000年から出しており、下図はその間の売上高の推移を示したものです。比較的順調に売上高は推移しており、営業利益率が非常に高いというのがわれわれの会社の特徴です。
営業利益率が高いのは、自社創薬比率が高いことと抗HIV薬などのロイヤルティー収入があるためです。
われわれは研究開発型の製薬企業で、自社創薬比率が、一般的には2~3割といわれる中、2023年3月時点で61%と高い水準です。
創薬の領域としては、特に感染症に注力しています。感染症の創薬は、感染症が流行しなければ売り上げが全く立たないこともあって、撤退する会社が少なくありません。そうした中で、われわれは感染症の創薬を強みとしています。
感染症創薬のリスクという点では、前回の2020年に中期経営計画を出した際、2028~2029年に抗HIV薬の特許が切れて売り上げが大幅ダウンするのではないかという懸念を抱えていました。
そのパテントクリフをどう乗り越えるかについて、当時、かなり真剣に考えました。結論から言うとは、数カ月に一度の注射で良いという長時間作用型の製剤を出したことで状況が変わりました。今後市場ではその製剤に置き換わっていくことが予測され、2030年以降も成長できる見込みです。
2020年当時から考えて続けていたのは「10年後、20年後、かなり先の未来にどんなニーズがあるか」ということです。一番大事なのは、どのようなニーズを満たす会社になれるのかです。
そして、常に念頭にあるのは、必ず世の中はあるべき方向に動くのではないかといったことです。
例えば、少子高齢化や国の財政悪化を踏まえると、国民皆保険はこのまま続けられるのだろうか、という懸念があります。おそらく将来は、公的補助と自腹の組み合わせになっていくと予測されます。
さらには、患者が自分で多く医療費を支払うようになることを考えると、医療情報の非対称性も変わっていくと考えられます。
従来、医師が情報を多く持っている一方で、患者は情報をほとんど持っていませんでした。そういった中で治療が行われていましたが、将来はそうした情報の非対称性はなくなっていくのではないか、また、より価値に見合った価格が求められていくのではないか、とわれわれは考えます。
目指すは創薬型からHaaS企業へのトランスフォーム
SGS2020を2014年に出したときには、われわれは創薬型企業として成長することをうたっていましたが、STS2030では「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」としました。
患者や顧客のニーズが多様化している中で、創薬型企業として薬だけ届けていれば良いわけではありません。そこで、ヘルスケアサービスを提供するHaaS企業にトランスフォームしようということを打ち出しました。
一人の患者を幸せにするためには、情報やサービスといったさまざまなものが必要です。それには自社だけではできないため、HaaSという概念のもとに他の企業とも連携しながら、ヘルスケアの幸せな世界を作っていきたいと考えています。
一方で、特許が切れるといきなり収益が下がるパテントがやはり脅威になります。しかし、それも他のビジネスモデルを作っていくことで、カバーできるのではないかと考えます。
ただし、そうした新しいビジネスを始めるには、他社・他業種の方にとってわれわれが魅力的でなければなりません。そこでコアコンピタンスである、創薬力といったわれわれならではの強みを磨き、引きつけたいと考えています。
特許に左右されないワクチンに注力
ビジネスモデルの転換に関しても、さまざまな強化ポイントを挙げ、注力することとしました(下図)。
例えば、グローバルに広く展開できるように、医薬品の自社販売や医療用医薬品以外の製品やサービスを強化ポイントにしています。特許に左右されないビジネスモデルが作れるワクチンについにも、注目しています。
ヘルスケアの社会課題への取り組みに関しては、われわれは「感染症の脅威からの解放」をメインにしています。それ以外でも、10~20年後の世界では、QOLを高めたいニーズが更に高まっていくのではないかと考え、社会的影響度の高いQOL疾患に取り組みたいと思っています。例えば認知症、肥満、睡眠障害といった疾患への取り組みを進めています。
課題解決には、われわれのコアコンピタンスである創薬力を磨くことがキーになりますが、HaaSという概念をどう実現していくかも課題です。また、それをどうグローバルに展開していくかも課題です。
それらを実現するには今の人材だけでできるのか、今の業務オペレーションでできるのかという懸念があり、経営基盤の強化を進めていくことになりました。そして現在、ビジネススピードの向上や人材強化に向けたさまざまな取り組みをしているところです。
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