
第5回 物流イノベーション
基調講演「次世代物流ネットワーク『フィジカルインターネット』の仕組みと導入例」
開催日:2024年4月22日(月)
主催:JBpress/Japan Innovation Review
物流は、持続不可能である――小口化や過剰包装、人手不足などのさまざまな課題を挙げてそう語るのは、神戸大学大学院 海事科学研究科・准教授の平田燕奈氏です。平田氏は、現在の物流が抱える問題を一挙に解決する切り札として、次世代物流ネットワーク「フィジカルインターネット」を紹介します。
デジタルネットワークの仕組みを物流に応用して効率化と温室効果ガス削減を実現するフィジカルインターネットは、2024年問題の解決に不可欠なだけでなく、物流企業に大きなビジネスチャンスをもたらします。本講演では、平田氏がフィジカルインターネットの仕組みやロードマップ、導入事例を紹介。効率的で持続可能な物流の未来像を伝えます。
【TOPICS】
- 現在の物流が持続不可能である理由
- 持続可能な物流を実現する「フィジカルインターネット(PI)」
- デジタルネットワークの考え方を応用するフィジカルインターネットの仕組み
- フィジカルインターネットに欠かせない「PIコンテナ」の特徴とは
- フィジカルインターネットで物流拠点はこう変わる
- フィジカルインターネットをめぐるこれまでの主な動き
- フィジカルインターネット・ロードマップが示す物流の未来像
- フィジカルインターネット実現の5つの要素技術
- フィジカルインターネット導入のステップと導入事例
- 物流の課題を克服し、効率的で持続可能な未来へ
持続可能な物流を実現する鍵となる「フィジカルインターネット」
平田 燕奈氏(以下、平田氏) 神戸大学大学院 海事科学研究科の平田です。本日は、次世代物流ネットワークについてお話しします。よろしくお願いします。今回は便宜上オンラインですが、充実した内容を用意しましたので、最後までお付き合いをよろしくお願いします。
人間として生まれてから墓場に行くまで、私たちの生活は常に物流に依存しています。物流は私たちの日常生活に深く関わります。本日は、物流の現状について簡単に整理し、その上でフィジカルインターネットの必要性、概要、そして導入事例について紹介します。
物流において近年最も顕著な変化として、小口化が挙げられます。例えばフランスでは、過去30年間で1貨物あたりの平均重量が160kgから6.6kgに減少しています。日本でも同じような傾向が見られます。
加えて、現在の物流プロセスでは、多くの包装物が使用されています。過剰な包装である上、多くの輸送用包装物は再利用できないため、廃棄が大量に発生しCO2の排出量が増加して気候変動に大きな影響を与えています。
その他の問題として、人手不足問題や物流コスト上昇が挙げられます。例えば、日本では過去20年間で労働者数は21万3000人も減少しています。
物流コストについては、2010年代後半に道路・貨物便の運賃がバブル期を超えて、インフレが過去最高を記録しました。特に、宅配便の価格高騰は顕著であることが分かります。このような側面は、物流が持続不可能ということを示しています。
物流業界では、近年話題となっている2024年問題があります。これは、働き方改革関連法によって、2024年4月1日から自動車運転業務における時間外労働時間の上限規制が適用されることで、運送・物流業界に生じる諸問題のことです。
具体的には、トラックドライバーの時間外労働時間が年間960時間に制限されます。物流分野の人手不足が懸念される中、今後もEC市場の拡大が予想されることから、再配達の削減や物流の効率化が非常に重要な課題となっています。
このように現在の物流が持続不可能であるため、画期的なイノベーションが必要です。その答えは、フィジカルインターネット、略してPI(ピーアイ)またはπ(パイ)とも呼ばれます。
フィジカルインターネットとは、2010年ごろにモントルイユ氏らにより提唱されたもので、インターネットにおける通信の仕組みを物流に応用することで構成されます。フィジカルインターネットの特徴としては、相互接続性、モジュールコンテナ(PIコンテナ)、そして標準インターフェースおよびプロトコルが挙げられます。
現在、物流効率化や温室効果ガス削減への最も有効な施策として、フィジカルインターネットに注目が集まっています。日本政府は、2040年までにフィジカルインターネットを実現する目標を掲げています。
フィジカルインターネットの仕組み
平田氏 ここから、フィジカルインターネットの仕組みを見ていきます。分かりやすくするために、まずインターネットによる通信の仕組みを見てみましょう。
インターネットがなかった時代、パソコンは専用線を使って一対一で接続するしかできませんでした。これは現状の物流ネットワークと同じです。ところが、インターネットが実現してからは、ルーターを介して世界中のパソコンと接続できるようになりました。しかも、その接続スピードが画期的に速くなりました。
インターネットの登場により、通信データをパケットに分割してデータの送受信時のみ回線を使用するパケット交換方式が採用されました。同じ回線を使いながら複数の通信データを送れるので回線の利用効率が高くなり、もはやデジタル社会に欠かせないインフラとなっています。
このインターネットの原理を物流に応用すれば、変革が起こります。
現状の物流業界では、通常は輸送会社が貨物の送り主にトラックを送って、貨物を受け手に届けます。この際、輸送の積載率が100%でない限り、輸送は非効率的です。実際、経済産業省の統計データによると、日本では過去10年間、平均積載率は40%未満です。
そこで、インターネットのパケットの概念をフィジカル的な物流に応用して、輸送時に標準規格化されたコンテナまたはパレットを使用することで、共同輸送を実現します。これはインターネットでいう回線に当たります。同じ物流インフラを利用することで輸送車両の積載率を向上させることができ、輸送そのものの効率化が図れます。
フィジカルインターネットは、基本的にコンテナ貨物を取り扱います。フィジカルインターネットに用いるものは、先ほども伝えたとおりPIコンテナです。 このPIコンテナは標準的なサイズで、環境に優しい材料でできています。スマートで、RFIDまたはGPSで追跡可能です。安全で、連結してより大きなユニットを作ることができます。そして、ほとんどの場合、より効率的な空のコンテナの保管と返却のために、折り畳むことができます。
下の図に示すように、PIコンテナには互換性のあるサイズと形状のシステムがあります。テトリスのゲームのブロックのようなイメージで積み重ねることが可能です。
3種類のコンテナがあります。1つ目の輸送用のコンテナは既存のISO基準のコンテナサイズに相当するものです。2つ目は仕分け用コンテナと呼ばれ、パレットに相当するものです。3つ目は、包装用コンテナと呼ばれるものです。これは、商品の品目ごと、またはSPOレベルの基本的なコンテナです。
上の図にイラストを載せていますが、包装用コンテナの中には仕分け用コンテナがあります。包装用コンテナをPIコンテナによって組み合わせており、一番外側にあるものが輸送用PIコンテナです。
フィジカルインターネットは再利用可能な輸送用パッケージを使用することで、過剰包装の排除と廃棄物の削減に貢献します。従って、フィジカルインターネットは、持続可能なサプライチェーン、CO2排出量の削減、気候変動の緩和に貢献できます。
PIコンテナは輸送計画に合わせて異なる組み合わせができるため、無駄を省けます。
PIコンテナに加えて、π-stores(パイ・ストア)、π-movers(パイ・ムーバー)、π-conveyors(パイ・コンベア)、π-gateway(パイ・ゲートウェイ)なども提案されています。
フィジカルインターネット環境下の物流拠点の特徴
平田氏 続いて、フィジカルインターネット環境下にある物流拠点の特徴について少しご紹介します。
最初に、意思決定の自律性が挙げられます。フィジカルインターネットでは、さまざまな方法で経路やその他の要因に関する決定を行うことができます。この主な目的は、合意された手順とプロトコルに従って自律的な経路選択と運用を実現することです。
これには、3つのレベルがあります。レベル1では、PIコンテナは意思決定やスマートな機能、能力を持ちません。例えば、特定のクラスの貨物が指定された国境を通過して入国しなければならない場合、荷主またはロジスティック・サービス・プロバイダーという物流の従事者は、出発前に完全なルートや輸送業者を確保したり、特定の中間時点を指定したりする必要があります。
レベル2では、PIコンテナは最低限の意思決定の自律性を持ちます。人間またはバーチャルの物流エージェントが複数のPIコンテナから情報を受け取って、決定を下し、コンテナと関連するフィジカルインターネットの構成要素に指示します。これらのエージェントは、緊急に意思決定が必要な場合には限られた自律性を持ちます。
最高レベルのレベル3は、PIコンテナが最も発達した状態です。意思決定の自律性は最大になります。この場合、荷送り人は希望する発送時間と場所、最終目的地、そして最適化の好み、例えば最短時間または最小コスト、最小CO2排出量、またはこれらの要素の荷重スコアを指定するだけで済みます。PIコンテナやその他のネットワーク要素は相互に統合的に経路を決定して、業界を越えた場合にだけ、人間またはバーチャルエージェントの指示を仰ぐようになっています。
2つ目の特徴は、オープンな運営方式です。既存のロジスティックシステムでは、ほとんどの倉庫や配送センターは私的なネットワークの中で1社または数社の関係者によって利用されています。フィジカルインターネットは、プライベートなサプライチェーンからグローバルでオープンなサプライウェブへの移行となります。ロジスティックのノードはハブとも言い、ハブにはほとんどの事業者が完全にアクセスできます。
事業者の例としては、製造業者、流通業者、物流業者、小売業者などが完全にアクセスできます。そのため、ユーザーは商品のストックポイントをより自由に設定でき、より柔軟で迅速な補充計画を立てることができます。また、加工・保管・移動のためのハブの容量は、オンデマンドで使用量に応じて契約して購入することもできます。
フィジカルインターネットをめぐるこれまでの動き
平田氏 続いて、これまでのフィジカルインターネットに関する主な出来事をまとめます。
最初に、2010年~2011年ごろ、モントルイユとメラー、バロットの三氏によって、初期論文が発表されました。これは、フィジカルインターネットに関する最初の論文です。
その後、2013年に、ALICEが設立されました。ALICEは、Alliance for Logistics Innovation through Collaboration in Europeの略です。後ほど、この組織によって、ヨーロッパ版のフィジカルインターネットのロードマップが策定されました。
2014年、国際フィジカルインターネット会議(International Physical Internet Conference)が初めて開催されました。以降、年に1回開催されています。
2015年には、ジョージア工科大学においてフィジカルインターネットのセンターが設立されました。ジョージア工科大学は、初期論文の著者の一人であるモントルイユ氏が所属しています。2016年には、パリ国立高等鉱業学校においてもPIセンターが設立されました。この組織は、やはり初期論文の著者の一人であるバロット氏が所属しています。
先ほども少しお伝えしたように、2020年、ALICEによって欧州版のフィジカルインターネット・ロードマップが策定されています。そして、2021年にメルボルン大学においてPI@Melbourne Labが設立されました。2022年には日本版のフィジカルインターネット・ロードマップが策定され、PiLab@KobeUが設立されました。
そして、2022年の年末、2023年の年始ごろに、πフィリピンのSpecial Interest Group(SIG)が設立されました。πフィリピンは「πPH」と書きます。私は、πPHの組織メンバーで、今、主にアジアの大学と協力して、東南アジア諸国におけるフィジカルインターネットのロードマップの設定などについて研究しています。
これまで、主にヨーロッパにおいて3回の実証実験が行われました。時間の関係で詳しくご紹介しませんが、興味のある方はインターネットで資料をご参照ください。
欧州版および日本版のフィジカルインターネット・ロードマップの概要
平田氏 ALICEによって、欧州版のフィジカルインターネット・ロードマップが開発されました。このロードマップは、下図のように、5つのカテゴリーと5つのフェーズから構成されます。
横軸の時間軸では、最初のフェーズは2015年~2020年、第2のフェーズは2020年~2025年、次は2025年~2030年、2030年~2035年、そして最後のフェーズは2035年~2040年となります。
縦軸は、5つのカテゴリーがあります。順番に簡単に説明します。まず一番下の段は、物流拠点のカテゴリーです。時間軸で特徴を述べると、2015年~2020年は標準化されていない状態でした。その次のフェーズでは、オープンでシームレスな物流拠点が設立されます。次に、サービス要求から対応まで自動化された物流拠点。そして、ネットワーク横断で相互連動した物流拠点。最終的に2035年~2040年の最終段階では、完全に自律的な物流拠点が設立されます。
2番目のカテゴリーは、物流ネットワークです。初めの段階では、プラットフォームが勃興します。次に、事業者内のフィジカルインターネットの実現。これは、主に一つの輸送方式の中でのフィジカルインターネットの実現です。同じフェーズで、システム間の運用上の連携も実現します。その後、輸送中の分割や再結合が可能となります。次に、リアルタイムの状況検知、レスポンシブルなネットワークフローの最適化。最終段階においては、完全で自律的なフィジカルインターネットワークサービスの運用が実現します。
3つ目のカテゴリーは、物流ネットワークシステムの統合です。初めの状態では、事業者個別のサイロ化された、完全に独立しているようなネットワークでしたが、その後、順次発展していきます。ネットワーク間の相互接続が実現し、それが拡大されて、物流ネットワークの伸縮自在な相互接続が実現します。最終段階においては、完全なフィジカルインターネット機能とネットワークの相互接続性が実現します。
4つ目のカテゴリーは、ステークホルダーのアクセスと採用です。最初のフェーズでの特徴は、個人・事業者間の提携と共同化 。次に、フィジカルインターネットの産業内・地域内の垂直的な実現。次に、フィジカルインターネットの大規模な実現。そして、業界横断や海外への拡大。最終的には、ユニバーサルにアクセス可能なフィジカルインターネットが実現します。
5つ目のカテゴリーは、ガバナンスです。初めのフェーズでは、散在していて不均衡な規約・ルール・標準が特徴です。その後、資産共有型プラットフォームのルールとガバナンスが実現します。そしてフィジカルインターネットのガバナンス組織の設立。さらに、産業界におけるフィジカルインターネットルールとガバナンスモデルの採用。最終段階においては、安定したフィジカルインターネットルールとガバナンスモデルが開発されます。全体的には、このようなイメージです。
欧州版に対し、下の図は日本版のロードマップです。
日本では、経済産業省で2021年10月にフィジカルインターネットのプロジェクトが立ち上がり、2022年に日本版のロードマップが発表されました。
欧州版と比較すると、時間軸は同じく5つのフェーズに分けられています。縦軸のカテゴリーは、欧州版の5つに対して日本版は6つあります。現段階では、標準化の可能性や自動化、機器の導入、運用の検討などが主な活動内容です。
2025年までの準備段階では、レガシーシステムのリプレース、ロジスティクスDXへの集中投資などが主な活動内容です。物流機器の整備と並行して物流ハブの設立、垂直統合や水平連携、貨物検索や倉庫共有などのサービスを提供するプラットフォームが発展して、物流スポットの市場が成長します。
2030年までの離陸期には、人の手を介さない完全自動化物流センターの出現、高速道路での自動運転トラックの実現などが重要な活動として挙げられます。2035年までの加速フェーズでは、プラットフォーム間の自律的な調整が行われ、完全自動化された物流センターが設立されます。2040年までの最終段階では、リソースを最大限に活用することで、究極の物流効率を実現します。生産拠点・輸送手段・ルート・保管場所の選択肢の多様化が実現します。
上の図では、例として幾つかの内容を挙げましたが、網羅的なものではないことをご了承ください。詳しくは経済産業省のホームページをご参照ください。
フィジカルインターネット実現の要素技術と導入
平田氏 フィジカルインターネット実現の要素技術として、私が2021年に発表した論文で提案した次世代物流ネットワーク「PIチェーン」の構成をご紹介します。
1つ目の構成要素は、物流ネットワークを相互接続するフィジカルインターネットです。2つ目の構成要素は、クラウドコンピューティングやエッジコンピューティングをサポートする5G・6Gに加え、さまざまなタイプのIoTデバイスをサポートするLPWAなどのネットワークも含みます。
3つ目の構成要素は、センサー、Internet of Robotic Things(IoRT)、ドローンなどのIoTデバイスが含まれます。
4つ目の構成要素は、AIによる最適化、Business Intelligence(BI)による可視化のためのビッグデータが含まれます。この最上層は、意思決定のコンポーネントにもなります。物流の実測可能性とSDGsという目標を達成するため、ビジネスおよび運用プロセスの最適化が実施される空間を意味します。
そして5つ目の構成要素として、これらの構成要素は全てデータの改変を防ぐブロックチェーンを用いる分散型プラットフォーム上で機能します。ブロックチェーン技術はトレーサビリティーと各種の決済、そして行政業務に対応します。
PIの導入に関心のある方は、ぜひ下図の導入ステップを参考にしてください。
まず大前提としては、市場参入の決断です。そのためには、経営陣がフィジカルインターネットに関する知識を習得し、自社のビジネスを理解する必要があります。
次に、フィジカルインターネットをどのように自社ビジネスに結び付け、既存のビジネスモデルを拡張できるかを検討します。または、フィジカルインターネット関連の新規事業を生み出し、開発して新規事業に参画することも考えられます。
ここで、フィジカルインターネットの実装例を挙げます。
この図に記載しているのは、私の研究室における最近の研究成果の一つです。フィジカルインターネットのハブとなる物流拠点の最適立地と、トラック輸送経路の最適化です。
2024年問題をはじめとする物流業界の諸課題を解決するためには、複数の組織が物流資源を共有して効率的な輸送を行うフィジカルインターネットが必要不可欠であることを冒頭で述べました。フィジカルインターネットにおいては、物流拠点の適切な配置が特に重要です。
本研究では、深層学習を用いて、物流拠点配置と配送経路を同時に決定するための問題を解決し、倉庫と顧客分布、貨物量・物流拠点のキャパシティー、車両の最大積載量などを考慮して、最適な物流拠点の位置と最適な輸送経路を求めました。その結果、新たな投資をすることなく効率化でき、CO2の排出量を約54%削減できました。これで物流の人手不足や高コスト、環境問題を一挙に解決できます。
このようなアルゴリズムを導入しやすい業界の例としては、陸運業、倉庫業、配車サービスを運営する企業などが挙げられます。
本日は、フィジカルインターネットの仕組みと導入の一例をご紹介しました。フィジカルインターネットの実現を通じて、物流は現状の課題を克服し、より効率的で持続可能な未来へと変ぼうを遂げようとしています。
物流企業にとって、このような変革のプロセスには、多くのビジネスチャンスが潜んでいます。フォロワーではなくリーダーとなってチャンスをつかみ取ってください。
講演内容は以上です。ご清聴ありがとうございました。















