OMO型店舗「オンワード・クローゼットセレクト」が好調。リアル店舗での試着や取り寄せをオンラインから予約できる「クリック&トライ」サービスには来店と購買を促進させる成果があった

 アパレル大手のオンワードホールディングス(HD)が事業領域の拡大とOMO(オンラインとオフラインの融合)型のビジネスモデルの確立により、収益力を大幅に高めている。ブランドの統廃合や百貨店以外の流通販路の拡大など2019年から進めてきた事業構造改革の成果が表れ、ここからグローバルでの反転攻勢に打って出ようとしているオンワードHD。その最新戦略を、2024年2月期決算会見で保元道宣社長が語ったことと併せて紹介する。

〈戦略〉売上高3000億円、営業利益250億円を目指し、「オンワード・ビジョン2030」を推進

 オンワードグループが中長期での経営の指針に掲げる「オンワード・ビジョン2030」。

 そこで掲げられている企業の行動指針が「ヒトと地球(ホシ)に潤いと彩りを」だ。これは「地球と共生する『潤いと彩り』のある生活づくりに貢献する『生活文化創造企業』を目指す」というもの。

 オンワードHDでは、そのために「社員の多様な個性を生かしたお客さま中心の経営」への進化が必要だとしている。

 2021年4月にオンワード・ビジョン2030がスタートしてから最初の3年間で、オンワードHDはグローバル事業構造改革(子会社の売却や不採算事業・店舗の撤退等)に加え、OMO戦略を推進。

 コロナ禍もあり、2021年度に売上高1684億円、11億円の営業赤字だった業績は、2023年度には売上高1896億円、113億円の営業黒字に。売上高こそ当初目標の2000億円には達しなかったが、営業利益は目標の70億円を大きく超えるまでになった。

 これを受け、オンワードHDでは2024年4月にオンワード・ビジョン2030の計画を改定。新たに2030年に売上高3000億円、営業利益250億円を目指すことを明言し、売上高3000億円のうち、3分の1に当たる1000億円をECでの売り上げとする考えを示した。

 そのための軸となる事業戦略として、同社では(1)「ファッション、ウェルネス、コーポレートデザインの3領域への注力」、(2)「最先端のDX戦略の進化」、(3)「海外事業の成長基盤強化」を進めている。

・ファッション領域では客数増でなくても成長できる体制を作る

 ファッション領域では「マーケットの多様化に対応した新しいブランド・商品の開発」と「オンライン(EC)とオフライン(リアル店舗)を融合させた多様な顧客接点の拡大」を進める。

 D2Cブランドとも呼ばれるECを中心に販売する「アンフィーロ」や「NAVE(ネイヴ)」といったブランドの新規立ち上げ・育成、自社ブランドを集めたECサイト「オンワード・クローゼット」とそのリアル店舗版「オンワード・クローゼット セレクト」の出店拡充、「KASHIYAMA」ブランドを軸としたパーソナルオーダーの強化などに注力。

 競争の激化や国内での少子高齢化が進む中、ECとリアル店舗の両方を活用するロイヤリティの高い顧客を強化することで、客数を増やせなくても成長できる体制を築いていく。

D2C型の新ブランドにも注力。ファッションプラットフォームを目指す「NAVE」は、程よいトレンドのネオベーシック商品と、ブランドやクリエイターと積極的に協業したコンテンツを展開

・コロナ後の生活者の価値観に沿うウェルネス領域を強化

 ウェルネス領域は「ライフスタイル提案」とも言い換えられるもの。健康志向やリモートワークの広がり、ワークライフバランスを重視する人生観や仕事観、ウェルビーイング志向の高まり、他者とのつながりを重視することなど、コロナ禍を経て大きく変化した生活者の新たな価値観に沿いながら、重点分野として成長を加速させていく。

 この領域には、バレエ用品の「チャコット」やカタログギフトの「大和」、ペットグッズの「クリエイティブヨーコ」、ナチュラルコスメの「KOKOBUY(ココバイ)」などM&A(企業の買収・合併)によりグループ入りした企業が多いが、今後もコロナ後の生活者の価値観に沿う事業を行う企業のM&Aを積極的に行いながら、ファッション領域と並ぶ重要な事業領域としていく。

・企業活動のトータルデザインを提案する事業領域を拡大

 コーポレートデザイン領域は、BtoB向けの法人事業に当たるもので、オンワードコーポレートデザイン(2023年9月に旧オンワード商事と旧オンワードクリエイティブセンターを合併し社名変更)が主軸となって推進。ユニフォーム事業や販促企画、ノベルティの制作、空間デザインや組織のコミュニケーション戦略支援などを行っていく。

 オンワードHDの保元道宣社長は「企業と人とのエンゲージメント(つながり)への注目が高まっている。企業活動のトータルデザインを提案する事業領域を拡大し、時代性のあるコーポレートデザイン領域を創造したい」「法人向けビジネスは非常に成長する領域だと認識している」と話す。

・DXでは「OMO型ストアの進化」「サプライチェーンの効率化」を推進

 DX戦略として行う1つ目の取り組みがOMO型ストアの進化。デジタル技術を活用して顧客の利便性を高めながら売り上げを伸ばすための取り組みを進める。

 「オンラインとオフライン(リアル店舗)の両方を使うお客の年間購買金額は片方だけを使うお客の3倍」という実績や、「OMO型のサービス(『クリック&トライ』サービスについては後述)の導入店は未導入店に比べて売り上げの伸び率が高い」なども数字として表れている。

 同社のEC売上高は、ブランド横断型のECモール「オンワード・クローゼット」を中心に、自社EC比率が85.9%と業界屈指のレベル。この水準を維持したまま、2023年度に480億円だった売上高を2030年度には1000億円へと倍増させ、それを支える基盤となるオンワードメンバーズ会員を530万人から1000万人まで増やす考えだ。

 これと並行してDXの2つ目の取り組みとしてPLM(製品ライフサイクル管理)の導入・活用を推進。原材料の調達、製造、在庫管理、配送、流通といったサプライチェーンにPLMを導入することで、商品に関するデータを一元管理し、関係者全員が最新情報にアクセス可能に。「今、何が起こっているのか」を「見える化」することで、プロセスを効率化したり、市場や売れ行きなどに応じた素早く対応策を打ち、コスト削減や納期短縮、品質向上などにつなげていく。

 また、PLMにより、データの追跡が可能となりトレーサビリティ(追跡可能性)が向上。これにより、オンワードHDがオンワード・ビジョン2030で進めているサステナブル経営戦略を進化させていく。

 同社は2021年にアパレルやファッション事業に好適な米国Centric SoftwareのPLMソリューションを導入することを決定しており、今後はその本格運用に加え、主要取引先との活用も進めていく考えだ。

・海外事業はもう一段の構造改革・攻勢で2030年に300億円目指す

「海外事業の成長なくしてグループの成長はない」(保元社長)との考えの下、成長基盤の構築を図るのが海外事業。

 2020~2021年にかけて傘下の欧州メーカーや「ジル・サンダー」ブランドを売却するなど数年来、構造改革を進め、利益重視の事業戦略に転換してきたが、引き続きその改革を進め、欧州では卸売り・ECなども含めて「ジョゼフ」を、北米では「Jプレス」を成長加速の軸に展開。

 アジアでは従来の中国・香港・台湾などに加えて、成長著しいASEANで生産・販売ともに事業拡大へとかじを切る。

 これらにより海外事業の売り上げを2030年までに100億円積み増し、300億円規模に押し上げる。

・人的資本と生産基盤の拡充、M&Aも積極的に行う

 将来の成長に向けて、最大700億円規模の投資も行っていく(自前で稼ぐ営業キャッシュフロー400億円規模に加え、多数保有する不動産や有価証券など資産売却による資金調達も行う)。

 賃金アップなどによる人的資本の拡充や、アジアを中心とした生産基盤拡充に加え、M&Aも積極的に実施。

 これまでも「大和」(カタログギフト)や、「KOKOBUY」(ナチュラルコスメ)、「ティアクラッセ」(EC専業ファッション)、さらにさかのぼれば「クリエイティブヨーコ」(ペットグッズ)や、「チャコット」(バレエ用品)などもM&Aでグループ入りし、成長加速の一因となっている。

「M&Aをさらに進めることも成長スピード加速の重要手段だ」と保元社長は売り上げ拡大と事業領域拡大の両面への寄与を目論んでいる。

〈業績〉効率化や販路構造改革が進み、2023年度は増収大幅増益

 オンワードHDの2024年2月期(連結ベース)は、売上高1896億2900万円(前期比7.7%増)、営業利益112億6000万円(同115.9%増)、当期純利益66億1100万円(同116.0%増)と増収大幅増益だった。

 グローバル事業構造改革の成果や、サプライチェーン効率化の進捗などにより、営業利益率は3.0%から5.9%へと2.9ポイント上昇。営業利益はホールディング体制導入後、初めて通年で事業を展開した2008年度以降で最高益を記録した。

 「国内アパレル」「国内ライフスタイル」「海外」の3つのセグメントのうち、国内アパレル部門は売上高1402億6700万円(同8.3%増)に対して営業利益が96億7900万円(同93.6%増)と大幅に増加。国内ライフスタイル部門は売上高397億9100万円(同4.9%増)で営業利益は34億8000万円(同27.0%増)だった。

 海外部門は売上高が全体の約1割となる199億2700万円(同15.5%増)まで伸び、営業損益は前期の10億9000万円の赤字から2億1100万円の赤字まで改善した。

・EC売上高が国内売上高の約3割に

 なお、ECの売上高は477億円(同6.5%増)となり、この結果、グループ企業を含む国内9社の販路別売上高構成比は「百貨店31%、SC等39%、EC30%」になった。

 基幹企業のオンワード樫山の販路別売上高構成比を見ても「百貨店38%、SC他33%、EC29%」で、2009年2月期の「百貨店75%、SC他25%」から15年間で大きく販路構造改革が進んだことが分かる。

〈成果〉「クリック&トライ」サービスが来店・購買を促進、OMO型店舗も好調

 ともすれば、トレンドやデザインなどを軸にプロダクトアウト型で商品やブランドを開発しがちなアパレル企業もある中、オンワードは顧客ニーズに基づいた商品開発やサービスの提供をしようと注力。

 そのかいもあり、基幹ブランドの「23区」や、子会社クリエイティブヨーコの「ペットパラダイス」など既存の主力ブランド事業が好調に推移。新規ブランド事業も大きく伸長した。

 特に売り上げ増に寄与したのが「クリック&トライ」サービス。自社ECモール「オンワード・クローゼット」にある在庫を店頭に取り寄せて試着できるサービスだ。

 これは2021年4月からリアル店舗の出店を開始したOMO型ストア「オンワード・クローゼットセレクト」のサービスの一つとしてスタートしたもので、現在は「23区」や「ICB」「自由区」「Jプレス」「五大陸」など既存店舗にも導入を推進。2023年度は新たに57店舗に導入し、導入店舗数は397店に、導入率は16%上昇し、58%となった。

 オンワード・クローゼットセレクトでは通常扱っていない他ブランドや、店舗を持たないD2C型ブランド、EC限定商品などを気軽に最寄り店舗に取り寄せて試着できるため、来店促進や購買意欲喚起などにつながっている。

 実際、クリック&トライ導入店舗での予約件数は年間12万6000件(前期比34%増)で、売上高はクリック&トライ未導入店がコロナ禍前の2019年度比で9%減なのに対し、導入店は16%増となっている。

 OMO型店舗のオンワード・クローゼットセレクトも好調。2023年度の売上高は百貨店販路で前期比22%増、SC販路は同54%増となっている(OMO型でない店舗の売上高は百貨店で同10%増、SCでは1%増)。

・デジタル戦略が奏功し、機能軸の新ブランド「アンフィーロ」が躍進

 新規ブランド事業の中で、特に成長が著しかったのが、2021年秋冬にスタートした「アンフィーロ」だ。

 従来の事業やブランドではデザイン性や素材の良さなどをうたうものが多かったが、アンフィーロでは“機能美”を軸に据え、素材メーカーなどパートナー企業と組んで開発した機能性の高い商品やブランディングが特徴。オンラインを中心に一部店舗でも販売するD2C型ブランドであるため、WebサイトやSNSなどを通じたデジタル販促をしやすく、タイムリーにコーディネートや商品、イベントなどの情報発信をはじめとしたマーケティング&プロモーション活動を行える。

 アンフィーロは機能性の高さに加え、デジタル販促で話題に上っていることから店舗での接客の中でもアピールしやすく、販売スタッフにとっても売りやすさにつながっているという。

 2023年度のアンフィーロの売上高は前期比1.9倍に成長。ブランド始動時には3年間で売上高50億円を目指すとしてきたが、履きやすいユニセックスのニットシューズを扱う派生ブランド「ステッピ バイ アンフィーロ」と合わせて50億円達成はほぼ射程圏内に。サイズ展開も豊富で、ECの売上高構成比が5割近くに達しており、収益にも貢献。「『23区』に次ぐ規模の基幹ブランドとして成長させていく」と保元社長は話す。

〈2024年度の計画〉売上高は2000億円、営業利益は125億円と2期連続の過去最高益へ

 2024年度(2025年2月期)は、期首には売上高2000億円(前期比5.5%増)、営業利益125億円(同11.0%増)、当期純利益80億円(同21.0%増)と、2期連続の過去最高益の達成を計画。第1四半期決算後に当期純利益は82億5000万円(同24.8%増)に上方修正した。

 オンワードHDでは売り上げ、利益ともに好調な国内事業が堅調に推移するとともに、赤字幅が縮小した海外事業では欧州地域を中心に改善を見込んでいる。

 増収増益に向けた施策と経費や投資の考え方は次の3つ。

(1)定価販売の徹底で在庫精度を向上、広告宣伝や人材投資を強化

 値引き販売を抑制して定価販売を徹底することで利益やブランドへの信頼などを守るとともに、在庫管理の精度を高めることで、売上総利益率を56.1%へと0.3ポイント向上させる。

 収益性の高いブランドの成長を加速させるために広告宣伝も積極的に実施(デジタル広告にも力を入れる)。優秀な人材確保のために引き続き賃上げも行う。

 同時に宣伝広告費や人件費の上昇分を賄うため、店舗のオペレーション(運営)の効率化を徹底することで、売り上げに占める経費の割合を抑制する。

(2)クリック&トライサービスの導入スピード加速、運営力も高める

 効果を発揮しているクリック&トライサービスでは、未導入の残り4割程度の店舗への実装スピードを上げる。このサービスを導入した店舗では売り上げの約4割が取り寄せ商材で商品を保管する後方スペースの確保や管理、販売スタッフの作業負荷軽減などの課題もあるため、効率化や仕組み化など工夫や改善を行っていく。

(3)オーダーメイド事業強化へ体制増強、生産キャパシティー4倍へ

 オーダーメイド生産事業にも注力。グループのオンワードパーソナルスタイル社によるオーダーメードスーツ「KASHIYAMA(カシヤマ)」は足元の売上高が前年の約1.5倍、新規予約数が2倍となるなど非常に好調。自分の体形にジャストフィットするスーツを1着3万3000円から購入できるというお得感に加え、無駄なものを作らずに廃棄物が出にくいというサステナブルなビジネスモデルが評価され、若いZ世代を含めて幅広い世代から支持されている。

 今後は2024年5月から始まっているPLMの本格導入と合わせて、さらなる効率的な生産体制の確立に注力。生産拠点の中核でフル稼働状態の中国・大連工場を中心に生産キャパシティーを増強し、2030年度にオーダーメイド生産数量を4倍(2023年度比)に引き上げる。