大林組 常務執行役員 DX本部長の岡野英一郎氏(撮影:今祥雄)
2023年1月、建設業界に衝撃が走った。大手ゼネコンの大林組がBIM(Building Information Modeling)運用の自社ルールである「Smart BIM Standard」(以下SBS)を一般公開したのだ。
BIMとは、コンピューター上に作成した3次元モデルに、建築物のあらゆる属性情報(材料、部材の仕様や性能、コストなど)を盛り込むことができる手法である。SBSは、大林組の建設プロジェクト関係者がBIMを等しく理解し、設計から施工まで一貫利用できるようにするために策定した、独自のルールだ。
これまで日本の建設業界では、保守的体質、技術者育成不足、ROIの不明瞭さなど様々な理由でBIM導入が遅れてきた。大林組はBIMモデリングルールの標準化に取り組むことでBIM活用を促進し、建設プロセス変革を目指している。
「2024年度末までにBIM生産体制への完全移行を実現する」と語る、大林組常務執行役員DX本部長の岡野英一郎氏に話を聞いた。
SBSを一般公開した理由
──大林組は建設業界で初めてBIM運用の自社ルールを公開しました。なぜでしょう。
岡野 英一郎/大林組 常務執行役員 DX本部長1982年大林組入社以来、一貫して国内外の建設工事に従事。国内では、品川のインターシティ他の建設工事の工事管理を担任、2019年本社建築本部工務監督。海外では、ドバイメトロレッドライン駅舎のCD(建築所長)、シンガポールの複合施設DUOの建設工事のPD(総合所長)などを歴任。建築本部BIM推進室部長、同iPDセンター所長、執行役員・デジタル推進室長などを経て2022年2月から現職。愛知県出身。
岡野英一郎氏(以下敬称略) これからの時代の建設業はBIMが当たり前になるという現実を踏まえた上で、自社が開発したルールを社内に留め置くのではなく、標準化ルールの一例として、広く業界の皆さまに知っていただくことが、日本の建設業界にとって望ましいと判断したからです。ほとんどの企業が、すでに何らかの形でBIMを生産フローの中で活用していることから、BIMそのものが「もはや競争領域ではない」という当社の考えもありました。
そもそもBIMの強みは、その合理性と効率性にあります。BIMの最大のメリットは、BIMモデルそのものがデータの集合体であるということです。(単なる線分の集合体である)2次元図面と比較するのは全くナンセンスです。BIMは手間がかかるとか、難しいとかいう議論には未来がないということを、まず理解しなければなりません。
そもそも、いまだに2次元の図面がまかり通っているのは建設業だけでしょう。電子部品から自動車、航空機、船舶に至るまで、さまざまな業界で3次元の設計図をもとに製品が製造されています。それもそのはずで、あらゆる物体の現物は3次元ですから、紙の図面(2次元)にわざわざ図面を書き直し2次元から3次元を想像させる生産プロセスは、現在では合理的ではありません。
BIMへの完全移行は、当社が掲げる「生産DX」と同軸上に位置するものです。「生産DX」は、建設業の旧来のアナログな業務フローをデジタルフローに変えて生産性を改善し、利益をも向上させることを目指すものです。現在の喫緊の課題である長時間労働の削減、施工効率の向上、カーボンニュートラル社会の実現にも、大きく寄与するものと信じて疑いません。気候変動への対応やCO2排出量の算出などは、BIMを前提とした3次元モデルでサプライチェーンを管理しないと、正確なデータを取得、分析できないからです。
──BIM生産体制への完全移行は、大林組にとって必要不可欠だったということですね。移行の障害となるものはないのですか。
岡野 私は入社後、一貫して国内外の建設案件の施工管理業務に従事してきました。最初にBIMに触れたのは、2010年にBIM推進室の部長に就任した時でした。それから1年間かけて国内外の全ての事業所にBIMを導入しました。その後シンガポールに赴任し、責任者として携わった米国系企業プロジェクトでは、BIMを一貫利用することが契約上義務付けられておりましたが、多くのスタッフがBIMに高い順応性を示し、苦もなく3次元の生産体制下で業務を進めてくれました。このプロジェクトに続き、もう1件フルBIMの高層案件を経験し、シンガポールには、都合7年間程いたことになります。
しかし、シンガポールから帰国後、BIM推進責任者のiPDセンター所長として痛感したのは、国内の2次元での作業に慣れている人たちにとって、BIMへの移行は想像以上に難しいという現実でした。 (海外赴任からiPDセンター所長に着任するまでの)8年間、当社のBIM推進はほとんど停滞していたように感じました。ゲームチェンジ(いわゆる、これまで築き上げてきた業務スタイルを変えること)は誰にとっても簡単ではないのでしょう。
ただ一方で、2022年に当社の若い社員にアンケートをとってみると、「BIMへの移行はマスト」だという回答がほとんどでした。彼らはデジタルネイティブ世代ですから当然です。その中でも「BIM移行を阻んでいるものは何か」という質問への答えで一番多かったのが、「BIMのスキルを使う機会が少ない」という回答でした。
とは言うものの、2023年現在、当社の各本支店においては確実にBIM活用が進行しています。「エスコンフィールドHOKKAIDO」(北海道・北広島市)や当社の次世代研修施設である「Port Plus」(神奈川県・横浜市)など、全店において自主的にBIMで一元管理するプロジェクトが増えています。こうした知見が積み重なり、2024 年度末の BIM 完全移行は、確実に現実のものになりつつあります。
SBS公開後、ステークホルダーの反応は?
──SBSを公開した際、社外からはどのような反応がありましたか。
岡野 「役に立つ」と「非常に難しい」という2つの声をいただいています。「難しい」と答えた方々にお伝えしているのは「大丈夫です、私たちにとっても難解ですから心配しないでください」ということです。
そもそも、SBSはプロジェクトの各フェーズで必要な情報を、非常に細かく定義しています。なぜなら、プロジェクトをBIM上で一気通貫に完結させるためには、共通に扱えるデータが不可欠だからです。あるフェーズで許可されたデータ活用が別のフェーズでは許可されないというような現象が起きてしまうと、BIM本来の強みを活かせません。データの共通利用はとても重要なポイントですから、当社の社員を含め、協力会社を育成する時間が必要でした。この現実を社外の方にも知っていただくためにも、SBSを早期に公開したかったのです。
──2022年に竣工した自社研修施設の「Port Plus」はすべての工程でBIMが使われています。
岡野 Port Plusは、日本初の高層純木造耐火建築物です。木造ですから、耐火層などのコンポジット部分、ドリフトピンや接合金物など、製作施工上必要な部品が多くあります。設計と(部材の)製作段階では、必要とされる情報の詳細度(LOD=Level of Detail)が全く異なるのです。
そこで、設計図面と製作図面を3次元で作成し、データを抽出しました。さらに、それらのデータをデジタル照合させることで、「本当に必要な形状の木材」を正しく算出できたのです。このデータを木材加工工場に渡すことで正確な部材を調達し、スムーズに工事を完結することができました。
BIMの「オペレーター」を目指してはいけない
──BIM生産体制への移行に向けて、人材育成面ではどのようなことに注力していますか。
岡野 明確にしておきたいのは、当社の人間は(実際の図面を書く)「BIMのオペレーター」になって欲しくないということです。むしろ、設計事務所(設計担当者)、現場所長、生産設計担当者、サブコンなどさまざまなステークホルダーを巻き込む「コーディネーター」を目指してほしいと考えています。

ゼネコンである大林組には工事の設計から維持管理まで、さまざまなステークホルダーが関わってきます。「BIM生産体制」とは、設計に限ったデジタル化ではなく、営業からアフターサービスまでの「サプライチェーンの変革」を意味しています。ですから、実際にBIMのモデリングと出図(BIMモデルから2次元図面を出力すること)はパートナー会社に任せてもよく、当社の担当者はBIM生産基盤の運営とマネジメントに軸足を置くべきと考えています。
現在、SBSに準じたBIM生産体制を理解し、実際に何らかの形でBIMに関わっている社員は2000人(ユニークユーザー実績)を超えています。今後は、彼らがさまざまなプロジェクトの現場で中心的役割を担っていくことでしょう。
SBSは日本語版だけではなく、英語版も用意しています。世界の人たちに向けて、大林組の生産基盤の核となるモデリングルールを公開しました。同業他社との競合という意味で不利になりかねない情報をあえて一般公開したのは、当社が日本の建設業の未来に向けて「我々の考え方」を開示し、情報共有を行いたかったからに他なりません。
SBSはある一つの概念かもしれませんが、これがさらに業界で議論されて、より洗練された効率的なものになっていくことを切に願っています。大切なのは、日本の建設業界全体が、デジタル深化において後れを取らないことです。


