第一生命保険 コミュニケーションデザイン部 オンラインマーケティング課 ラインマネジャーの鎮目哲郎氏(撮影:今祥雄)
第一生命保険(以下、第一生命)が、多様なチャネルを通じて顧客の体験価値を最大化する「CXデザイン戦略」に注力している。中でも代表的な施策がオウンドメディア「ミラシル」の立ち上げだ。日々の生活やライフスタイルに役立つ情報の発信によって、より多くの人に第一生命への親近感と信頼感を高めてもらう。第一生命が重視する体験価値とはどのようなものなのか。なぜ、保険会社が非保険領域のサービスも提供するのか。コミュニケーションデザイン部 ラインマネジャーの鎮目哲郎氏に話を聞いた。
商品・サービスの満足度を高めるために、顧客の体験価値を向上させる
──第一生命では中期経営計画「Re-connect 2023」で、顧客の体験価値を最大化する「CXデザイン戦略」を掲げています。なぜ、今、CXを重視するのでしょうか。
鎮目 哲郎/第一生命保険 コミュニケーションデザイン部 オンラインマーケティング課 ラインマネジャー1998年第一生命保険入社。事務企画業務や首都圏エリアにおけるマーケティング統括業務等を経て、2013年スターフライヤーへ出向。WEBマーケティング・ブランディング、ファンマーケティング、ロイヤリティマーケティング等を担当する。2016年第一生命保険へ復務。インシュアテック業務を経て、2020年オンライン起点のマーケティングを行う組織「コミュニケーションデザイン部」を立ち上げ、現在に至る。
鎮目哲郎氏(以下敬省略) 私たちは、商品・サービスの価値は2つの要素によって決まると考えています。一つは商品やサービスそのものが生む価値、もう一つはお客さまが第一生命と接した際に感じる心理的な価値です。第一生命では後者をCX(カスタマー・エクスペリエンス)と定義しています。
保険は病気になるなど特定の条件の下で給付が行われるため、健康なときには商品の価値をなかなか実感できません。そのため、お客さまが不安や不満を感じることがないように、これまでは営業員が対面でコミュニケーションをとってニーズのヒアリングや病気、けがなどのリスク啓発を行ってきました。しかし昨今はこうした関係性の構築が難しく、対面での接点創出が難しくなっています。
そこで中期経営計画「Re-connect 2023」では、より多くの方と接点をもち、長期にわたる良好な関係性を築けるように、非保険領域を含めトータルでお客さまに寄り添う「CXデザイン戦略」を打ち出しました。お客さまのライフスタイルに寄り添うことで体験価値は高まります。これがCXを重視する理由です。
──非保険領域でもサービスを提供するとのことですが、具体的にはどういったサービスなのでしょうか。
鎮目 第一生命は「保障」「資産形成・承継」「健康・医療」「つながり・絆」の4分野に強みを持っていると考えています。この4分野でオンライン・オフライン問わずサービスやイベント、アプリなどを用意し、お客さまに役立つ情報を提供しています。お客さまは多様な方法の中から自分に最適なものを選択し、第一生命とのつながり方を自由に選ぶことができるようになります。
保険は未来や万が一の不安に備えるものなので、保険に加入しただけでは日常の悩みは解消できません。しかしお客さまは日常生活でもさまざまな悩みを抱えています。その悩みが解消できれば、お客さまは毎日をより安心して過ごせるようになります。このため、病気やけがなどの非日常時だけでなく、日常生活でも接点を持ってお客さまと良好な関係を築くというコミュニケーション方法を設計しました。
若年層と日常的につながることで、保険業界への敷居を下げる
──過去と現在で、保険に対するニーズは変わっているのでしょうか。
鎮目 従来は「みんなが入っているから、自分も同じようなものを」と人生の節目で保険に加入する方が大半でした。男性は定年まで働き、女性は結婚後に家庭を守るというライフスタイルが一般的だったため、保険の種類も今ほど多くはありませんでした。
その後、社会環境の変化に伴って一人一人がそれぞれ異なる人生を歩む時代になりました。生涯独身を希望する人、DINKs(共働きで子どもを持たない夫婦)、フリーランスなど多様な生き方が出てくる中で、悩みの種類も細分化されています。その結果、保険業界でも一人一人の細かなニーズに対応していく必要が出てきたのです。
それぞれのお客さまに合わせたつながり方を設計するCXデザイン戦略も、こうした背景から生まれました。健康応援アプリや婚活支援サービスなど、一見保険に関係がないように見えるサービスを提供しているのも、お客さまのライフスタイルに寄り添うあり方の一つなのです。
──顧客とつながる多様なチャネルを設定する中で、これまでとは違う新しい取り組みにも挑戦しているそうですね。
鎮目 若年層とつながるために、デジタル接点の拡充に注力しています。例えば「ミラシル」は、幸せな暮らしを実現するために役立つ情報を提供するオウンドメディアです。サイト名には「未来を知る」「未来のみちしるべ」という意味を込めており、特に20~30代の方にも少し先の未来を考えてもらうことをコンセプトとしたサイトです。若い世代は健康よりも美容、老後資金よりも目先のお金、例えば来月にある推しのイベントへの参加費用、といった具合に、今すぐ起こる出来事への関心が高い傾向があります。そこでお金をテーマにした動画配信など日常生活に役立つ情報提供を行い、今を少し変えれば未来も変わることを伝えています。
またデジタル完結型保険ブランド「デジホ」は、スマホで全ての手続きを完結することができます。1日の半分の時間をオンラインで過ごすともいわれる若年層は、ネット決済に慣れており、スピーディーに手続きができるサービスを好みます。「デジホ」で取り扱う商品では家事代行費用や所得保障など保障内容を限定し、価格や心理面でも簡単に加入できるようにしました。
──デジタルを使ったコミュニケーションは、CXデザイン戦略の中ではどのような位置付けになるのでしょうか。
鎮目 「ミラシル」や「デジホ」等のサービスは、お客さまと第一生命が最初につながるためのきっかけづくりと考えています。まずはネットを介して第一生命というブランドや存在に親しみを感じてもらうことを目指しています。第一生命という存在がお客さまの日常に溶け込むことができれば、何かライフイベントが発生した時に「第一生命に相談してみよう」と思っていただける可能性が高まります。
デジタルを活用したサービスはそれ単体で大きな利益を生み出すものではないので、社内でも理解を得るには時間がかかりました。しかし、「従来のやり方では接点を持てなかった若年層にアプローチできるようになる」「サイトを通して保険商品の資料請求が行われる」など、一定の手応えが出始めています。

ビッグデータを活用・分析し、一人のお客さまに組織全体で対応していく
──CXデザイン戦略を進める中で見えてきた課題は何でしょうか。また、それを踏まえて今後はどのようにCXデザイン戦略を展開していきますか。
鎮目 現在、これまでに収集したビッグデータの活用や分析にも取り組んでいます。2023年に社内で行った実証実験では、ウェブに届いた問い合わせ内容を営業員に共有しても、うまく活用できないということがありました。そうしたことから、組織全体で一人のお客さまに向き合うためには、収集したデータからニーズを読み解き、情報の形にして社内に伝えることが必要になると分かってきました。例えば「お金が貯められない」と悩む人に気軽に始められる資産形成のさまざまな選択肢を伝えるといったように、データを生きた情報として取り扱うことで、新たな価値を生む商品やサービスへとつなげたいと考えています。
保険は社会保障の補完産業ともいわれます。社会環境が目まぐるしく変化する現代においても、効果的に使えばQOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)の向上にもつながることをお客さまに理解していただくことが大切だと考えています。そのためには保険という枠組みにとらわれず、お客さま一人一人が抱える日常生活の悩みや困りごとに寄り添っていく必要があります。多様な形でお客さまとつながることで、その人らしい生き方をサポートしたいと考えています。
