野村ホールディングス 執行役員 ジェネラル・カウンセル兼コンプライアンス担当 弁護士・ニューヨーク州弁護士の森貴子氏(撮影:今祥雄)
グローバル化やデジタル化の波は企業の法務部門にも押し寄せ、これまで以上の知識や機能が求められるようになった。日本では弁護士資格のないスタッフが法務部に所属しているという企業も多いが、専門家以外のスタッフも含めて「強い法務部門」をつくるにはどうすればよいのか。米国勤務を経て現在は野村グループのジェネラル・カウンセル(最高法務責任者)を務め、自身も弁護士とニューヨーク州弁護士の資格を所持する森貴子氏に話を聞いた。
法律家が身近な存在、米国で受けたカルチャーショック
──森さんは米国と日本での勤務経験がありますが、それぞれの国で企業法務と法律家を取り巻く環境の違いはありますか?
森 貴子/野村ホールディングス 執行役員 ジェネラル・カウンセル兼コンプライアンス担当 弁護士・ニューヨーク州弁護士1999年弁護士として法律事務所に入所。米国への留学を経て、2011年野村證券のトランザクション・リーガル部に入社。2015年よりニューヨークオフィス勤務、2019年より野村證券取引法務部長を経験する。2021年より現職。
森貴子氏(以下敬省略) 違いはあります。日本でも近年は企業内弁護士が増加傾向にあるものの、企業の法務部門には弁護士資格を持たない社員も多く所属し活躍をしています。
一方、米国の企業では、インハウスローヤー(法律事務所以外の一般企業や組織に所属して働く弁護士)の存在は当たり前で、企業の中にそれぞれの分野ごとに専門弁護士がいるほど法律家が身近な存在です。私も初めて米国留学したときは環境の違いにカルチャーショックを受けました。ただ、おかげで企業内弁護士という働き方もあるのだと気づかされ、自分もビジネスの世界でグローバルに法律の仕事がしたいと思うきっかけになりました。
仕事は「幅広く」の日本、専門分野を「深く」の米国
──日本と米国では企業法務で働く人の仕事内容も異なるのでしょうか。
森 日本の企業法務では、例えば株主総会対応から新規ビジネスの法的リスク相談まで、特定の分野にとどまらず企業内の法務に関するさまざまな業務を幅広く担当して経験を重ねていく傾向があります。一方、米国では専門分野ごとに弁護士がいて、自分の担当分野の仕事を深く極めていく傾向があります。どちらがより優れているということではなく、環境やキャリアに関する考え方に違いがあると理解しています。
ただし、米国でも日本でもコミュニケーション能力が求められる点は共通しています。企業の法務部では企業内外のさまざまな関係者と対話をしながら状況を把握して、法的な問題やリスクを分析し、それを法律の専門家ではない相手も含めて説明し、利害関係を調整する機会が多くあります。そのため、法的専門性を裏付けにしたコミュニケーションを通じて相手の状況を正確に把握する力や、社内外の人と対話する力が求められます。
──野村グループの法務部門の強みはどのような点だとお考えですか。
森 野村グループの法務部門の強みはグローバルで一体となった組織体制にあります。野村グループでは米州、欧州、アジア、日本と4つの地域にそれぞれ法務部門があり、法務部門全体で約260人の社員が働いています。拠点ごとに必要な体制が敷かれており、例えば日本の法務部門なら、野村ホールディングスにはグループ法務部、野村證券には法務部と取引法務部といったように役割が分かれた法務部があります。私はこれら全てを統括する役割を担い、グローバルに法務部門を一体として運営しています。そのため、クロスボーダーの案件に取り組むときはもちろん複数法域に関するリサーチを行う場合や業務で疑問が生じた際にも、すぐに各地域の法務部門が互いに連携できる体制を築いています。
また、約60人が所属する日本の法務部門には、新卒社員、元営業職の社員、中途採用の弁護士など多様な人材がいることが特徴になっています。さまざまなキャリアやバックグラウンドを持つ社員が働いているので、多角的な視野を持って企業法務の業務を行える強みがあります。会社としても女性活躍推進に積極的であり、日本の法務部門では管理職の約半数は女性が占めるなど、ダイバーシティに富む環境も整っています。
──今後、強化していきたいことは何ですか。
森 デジタルリテラシーの獲得です。野村グループでも契約書の自動作成システムやグループ会社情報のデータベース化など業務でのテクノロジー活用は少しずつ進んでいますが、テクノロジーは日々進歩しており、まだまだテクノロジー活用による法務業務の高度化の余地はあると思っています。刻一刻と変化するビジネス環境でリーガルリスクを適切に管理しながら新たなビジネスの発展を支援するためにも、法務部門でもビジネスを取り巻く最新技術に関する知識と理解は不可欠です。野村ホールディングスのグループ法務部ではデジタル法務担当チームを作ってデジタル関連の法務業務を集約し、また、部門内でデジタルに関する勉強会を行い、契約書のキーポイントとなるノウハウやリーガルテックの最新情報を社員同士で共有し合っています。
相手の発言の背景を理解し、分かりやすい説明を心掛ける
──法律事務所、米国企業の法務部、日本企業の法務部といろいろな環境で勤務されてきましたが、仕事の上で心掛けていることは何ですか。
森 相手にどうやって自分の伝えたいことを分かってもらうか、相手を理解するかを意識してきました。4年間勤務したニューヨークのオフィスでは、法務部門に約50人が所属する中で日本からの出向者は私1人という環境でした。そのため、相手の言語やカルチャーを理解することに加え、「相手はなぜその発言をしたのか?」と常に発言の背景を探ることを心掛けていました。
企業法務の仕事では、例えば契約に関して相手と意見が異なった場合、双方の妥協点を探るためにもどこまでならお互いが譲歩できるかをすり合わせる必要があります。そのためには相手の主張の趣旨を正確に理解し、こちらが使っている言葉や文脈の意味をきちんと相手に理解してもらえるような対話が大切になります。もし相手に真意が伝わっていなければ私の伝え方をもう一段工夫する必要があるという考えを持って丁寧なコミュニケーションを意識して働いています。

──日本企業が強い法務部門を作るためにはどうすればいいのでしょうか。
森 企業は法的リスクへの感度を上げることが求められます。特にグローバル展開している企業では、外国の法規制や文化を踏まえた上でビジネスを展開する必要があります。法務は専門的な知見を要する分野であり、何よりも企業内の法務部門の法的専門性を高めていくことが重要です。その観点において、法的素養の高い弁護士資格を有する社員を法務部門に置くことは非常に有用と考えています。一方で、企業内の法務部門の場合は、その企業のビジネスに即した法的専門性が必要です。そうした専門性は、弁護士資格の有無を問わず、企業の中でキャリアを重ねていくことで培われるものでもあります。
企業内の法務担当者については、自分が所属する会社やビジネスについてよく知っておくことが大切です。企業の経営方針を理解し、自社がどんなビジネスを展開しており、どの部署が今何に取り組んでいるのかなどを把握しておくと、新規ビジネスの企画構想段階から相談に乗り、法的観点からアドバイスすることもしやすくなります。また、法的専門性の強化だけでなく、それ以外の「プラスα」があると強みになります。私もチームメンバーには「デジタルリテラシーや、自分の好きな分野や得意なことなど、なんでも良いので強みを伸ばしていこう」と伝えています。自分が詳しい分野が一つあれば、他の分野でもその知識を応用できる場合もあります。近年はテクノロジーとサステナビリティなど複合要素が絡み合った問題に対処することが多くなっています。
ビジネスを取り巻く法規制環境がますます複雑化し、変化が加速する時代にあって、大切なのは法務部門が、組織全体としてバランスの良い強みを備え、未知の分野にも柔軟に対応していく力をもつことと考えています。多様な強みを持つ法務人材を企業内に育てていけば、昨今生じている複雑な課題や新しい課題にも柔軟に対処できる強い法務部門になっていくのではないでしょうか。
