マツダ商品開発本部 主査の上藤和佳子氏(撮影:内海裕之)

 マツダの技術力の象徴ともいえるロータリーエンジン。三角形のローターが回転することで動力を生む独自の構造を持つ同エンジンは、燃費面ではやや不利ながら、小型、軽量、高出力という特性を持ち、1967年発売の「コスモスポーツ」に初搭載された。その後、ロータリーエンジンは2012年に生産終了となっていたが、今般、発電機用として蘇った。11月に発売となったプラグインハイブリッド(PHV)車「MX─30 Rotary─EV」がそれだ。同車の主査を務める商品開発本部の上藤和佳子氏に、ロータリーEVの開発秘話や、同氏の異色のキャリアなどについて聞いた。

ロータリーEVモデルの開発に時間がかかった理由

――マツダの象徴ともいえる独自技術、ロータリーエンジンの量産を11年ぶりに復活させましたね。

上藤 和佳子/マツダ商品開発本部 主査

1975年11月28日生まれ。1998年10月マツダに入社し、車両技術部 塗装技術グループ配属 量産準備担当(人間作業領域の工程設計/量産準備プロセス革新担当)、2020年5月車両技術部 車両先行技術グループ配属(人間作業領域の工程設計/量産準備プロセス革新担当)、2020年12月商品本部 商品開発企画部配属(プロジェクトマネージャー MX-30担当)経て、2021年4月商品本部主査に就任し、現在に至る。

上藤和佳子氏(以下敬称略) ロータリーエンジンの特別感はマツダの全社員が共有しているものです。

 いまでもマツダに入社してくる技術者の多くが「ロータリーをやりたい」と希望するぐらいですし、私自身も新入社員の時の工場実習で、運よくロータリーエンジンの組み立て工程で仕事をすることができました。会社生活のスタートになった技術でもありますので、やはり特別な思いを持っています。

――MX─30は2016年5月に商品開発がスタートし、2020年10月にマイルドハイブリッドモデル、次いでEV(電気自動車)モデルを市場投入してきました。ロータリーEVモデルについては2019年4月から技術開発が始まったそうですね。

上藤 私は2021年4月からこのクルマの主査を担当し、ロータリーEVモデルの試作から量産化にもっていく役割を担いましたが、想定以上に苦労した点もあり、少し時間がかかってしまったというのが正直なところです。

MX30 Rotary-EV Natural_Monotone

 基本諸元、たとえばロータリーエンジンのローターの創成半径(正三角形形状の3頂点の中心からの距離)など、これまであまり踏み込んでいないところまで変更し、サイドハウジング(ローターの作動室を前後から挟み込んで密封するハウジング)も軽量化を狙ってアルミに換装しています。少しでも軽くすることでEVとしての航続距離を伸ばし、発電時の電費も向上するよう、開発、生産両部門一緒になって頑張りました。機能や性能面での検証には念には念を入れ、かなりの時間を割きました。

e-SKYACTIV R-EVのエンジン組立工場

 また、MX─30のロータリーエンジンは2ローターでなく1ローターかつ大型化しておりますので設計上、回転体という意味では完璧なバランスが取れるのですが、逆に言えば少しでもどこかに重量のバラつきがあると、それを全部拾ってしまうためバランス精度が重要です。そのため、生産工程ではローターを1個ずつ測定し、バラつきがあれば1台1台に合わせて加工を2、3度繰り返すという作業も行っています。

e-SKYACTIV R-EVのエンジン機械加工工場

マツダが掲げる“走る歓び”はEV時代も不変のテーマ

――ロータリーEVモデルは、電池での航続距離は100km強ながら、ガソリンを使ってロータリーエンジンが発電することで、遠出などいざという時に大きく距離を伸ばせる点に特徴があります。(*公式な数字ではないが、計算上は800km前後の走行が可能)

上藤 平日は普通のEVとしてお使いいただき、週末、あるいは年に何回かバカンスで遠出される時にロータリーEVモデルが頼もしい相棒になると思います。同じ尺度で測れるライバル車がほぼありませんので、独自の世界観が持てていると自負しています。

 ロータリーEVモデルは通常のEVモデルより車両重量が130kg重いのですが、これはロータリーエンジンが載っているほか、吸排気系菅や50リットルのガソリンタンク、インバーターやジェネレーターなども付いているからです。

 プラグインハイブリッドシステムはどうしても重くなりますので、その制約の中でいかに軽量化を図れるかがテーマでした。そこでEVモデルと比較してバッテリー容量もお客さまの使われ方の調査を踏まえて半分にして、ロータリーエンジンのハウジングアルミ化など何が軽くできるか、細かなところまで検討と技術開発を重ねました。

――グローバルで見るとEV化の流れは一段と加速しています。今後、マツダはどういう戦略を進めていきますか。

上藤 現状、EVだけで生き残れるかといえばそうはなっていません。そこは企業経営の観点だけでなく、お客さまのニーズに向けても多様な選択肢、いわゆるマルチソリューションを用意しておくべきだと考えています。

 もちろん、今後もいろいろな形で電動化シフトは進めていきますが、マツダが掲げる“走る歓び”はお客さまにずっと感じていただきたいですし、移動はもちろん運転自体も楽しんでいただきたいのです。

 MX─30のロータリーEVモデルを100%モーター走行にしているのも、気持ちよく走るというところに主眼を置いているからです。そこはこれからもこだわり続けたいですね。その中で環境問題にもしっかり対応していけたらと考えています。

――MX─30シリーズはほかのマツダ車に比べて走りが優しいと言われています。マイルドハイブリッドモデルよりもEVモデルのほうが、よりカッチリした乗り味という評価が多かったようですが、ロータリーEVモデルはいかがでしょうか。

上藤 EVモデルはマイルドハイブリッドモデルに比べ、バッテリーがある分少し低重心ですし、バッテリーそのものの骨格もクルマの剛性を上げることに寄与していますので、キビキビとした走りが実感していただけると思います。

 ロータリーEVモデルは、先ほどお話ししたようにEVモデル比で130kg重くなっていますが、サスペンションやハンドルの応答性はチューニングの範囲内で変更し、EVモデルと同じ乗り味を出せるように仕上げてあります。

e-SKYACTIV R-EVのエンジン組立工場

入社以来追求してきた「人間中心の行程設計」の変革

――上藤さんは生産技術部門のご出身で、感性工学に基づき「人に優しい生産現場の創出」に尽力されてきたそうですね。

上藤 生産技術部門にいた頃、「人間中心の工程設計」を考えました。生産現場で働く人たちは1日8時間以上同じ作業を繰り返すわけですから、その負荷やストレスを減らし、人に優しいという点を常に意識して工程改革を進めてきました。

 私はもともと塗装領域の出身ですが、クルマを丹念に磨き上げる仕事をしていると、目がとても疲れやすくなります。その負荷をどのように軽減できるかという課題に取り組んだ事例のひとつが、MX─30のマルチトーン塗装の検査工程です。人の負荷を下げれば当然、より良い品質のものが生まれますし、ひいては製造コストも低減できます。

MX30 Rotary-EV 車両組立工場

――具体的にはどんな方法で負荷を軽減していったのでしょうか。

上藤 いろいろな作業環境の条件下で心拍数を測り、緊張や疲労の度合いを可視化する取り組みを実施しました。検査工程で言えば、例えばどんどん照明を当てていったほうが一見、ゴミや埃も見逃さないのですが、それが長時間になるとむしろ作業効率が悪くなります。

 照度を上げて脳が覚醒状態になってもいけませんし、そうかといって照度や色などを抑えて脳がリラックスし、眠くなってもいけない。その中間で一番バランスのいい環境を探り当て、作業効率が最も上がる身体の状態にしていくわけです。その身体の状態をモニタリングし、実証し、実際にデータを設備に落とし込むということをやってきました。

MX30 Rotary-EV 車両組立工場

――自動車の生産現場は男性中心の職場かと思いますが、上藤さんは学生時代から自動車メーカー志望だったのでしょうか。

上藤 じつは父がマツダに勤めていたのですが、私が「マツダに入りたい」と言ったら猛反対されました。しかも、生産技術系の仕事を希望していたからか「生産部門には女性はおらんぞ」と(笑い)。

 ただ、私は海外の大学で環境工学を専攻していた関係で、生産ラインや工場建設といったことに非常に興味がありました。マツダは地元の企業でしたし、当時から海外採用もしていたので、就活ではマツダ1社しか受けませんでした。ダメだったら大学院に進もうと思っていました。

 確かに入社当時の生産部門は開発部門以上に女性社員が少ない状況でしたが、上司が男女平等に接する人で、何かに不平等さを感じたことは一度もなかったので、職場の人間関係に恵まれていたと思います。

 また、マツダには赴任同行休暇制度があり、配偶者のうちどちらかが転勤になったら休職してついていける制度がありました。わが家でも夫が海外転勤になったことで私は3年間休職させていただき、その間に出産もして育児休暇後に復職させてもらえたことにも感謝しています。

――現在は開発主査として、MX─30に関わるいろいろな部門をまとめていく立場だけに、苦労も多いのではないですか。

上藤 今回のロータリーEVモデルの開発も異なる意見が出た時など、社内をまとめて即断しなければならないケースも多々ありましたが、開発、生産、品質、デザインなど、それぞれのプロの人たちが集まっているので、しっかりヒアリングし、開発をどう進めるのがベストなのか、納得して取り組むことができたと思います。

 以前は、開発領域の出身者が主査になったケースが多かった印象ですが、「CX─30」の以前の主査は品質領域から来た人ですし、「CX─8」の前の主査も国内販売から来た人と、役職のダイバーシティが次第に広がってきています。

 私も生産技術畑ですし、いまは開発部門の出身でないことで、時にはフラットな視点、一歩も二歩も引いて、お客さまに近い視点で物事を見ることができます。私自身もクルマ作りにおいて何か選択せざるを得ない時には冷静に指摘することができたと思っています。

──MX─30はマツダ初の女性主査(=竹内都美子氏。現執行役員 グローバル人事・安全・病院担当、人事本部長)が就いたクルマで、上藤さんがそのバトンを引き継ぎました。

上藤 竹内は困った時に相談すると必ず話を聞いてくれました。こうしたほうがいいと答えを与える人ではなく、答えのほうに導いてくれる良き先輩です。自分は過去にこういうことがあったというケースを出しながら、いい意味で見守ってくれています。

 現在、マツダではいろいろなビジネス領域で多くの女性が活躍していますので、今後も女性主査は増えていくかもしれません。

MX30 Rotary-EV Natural_Monotone