人手不足を背景に、企業の間ではアルムナイ(退職者)と良好な関係を築くことで、再雇用やビジネス連携につなげようという取り組みが目立っている。そんななか、ビジネスパーソンにとっては企業組織という枠組みを超えてアントレプレナーシップを育んでいくことが、今後のキャリア形成において重要な意味を持つことになりそうだ。2023年9月22日(金)に開催された「みずほアルムナイネットワーク設立3周年記念イベント」のトークセッションを通じて、いまなぜアントレプレナーシップが強く求められているのか、その定義や発揮の仕方も含めて考えてみたい。

自らの新たなポテンシャルを発見し続けていく

 みずほフィナンシャルグループは、主要グループ5社を中途退職したアルムナイを重要なステークホルダーのひとつと位置づけ、2020年7月に「みずほアルムナイネットワーク」を設立した。登録者数は2023年7月に1000人を突破し、足元では1100人超まで増えている。設立3周年を記念して開催された今回のイベントでは、みずほアルムナイに現役社員も交えながら、アントレプレナーシップの必要性について語り合うトークセッションが行われた。

 アントレプレナーシップは「起業家精神」と訳されることが多いため、ともすれば起業する人だけに必要な姿勢や心構えのように思われがちである。しかし本来は、企業で働く人も同じように持つべきビジネスマインドではないだろうか。トークセッションでは最初に各登壇者より、自らが考えるアントレプレナーシップの定義が紹介されたが、その内容はいずれも単なる起業家精神とはニュアンスが異なるものだった。

 武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一氏は、《高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずに踏み出し、新たな価値を創造していくマインド》と定義づける。日本の大学で唯一のアントレプレナーシップ学部を創設するにあたり、参考にできる前例がないなかで、自分の転職・起業経験も踏まえてこのような結論に達したという。「要は銀行員であろうがなかろうが、起業家であろうがなかろうが、特に現在の日本においてはビジネスパーソン全員が持つべきマインドだということです」(伊藤氏)

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一氏

 サンテック常務取締役の楯岡学氏は、《いままで経験したことがない分野の仕事にチャレンジして、ビジネスモデルまでをつくっていく力》と定義する。楯岡氏は奥方の父親が経営する会社へ入ったため、起業したわけではないが、銀行からメーカーへ移ってみて、モノづくりの世界で最初からうまくいくケースなどほとんどないことに気付かされた。「大事なのは、新たな挑戦を楽しむことができ、反省はしても失敗を失敗とは思わないポジティブなマインドです」(楯岡氏)

 みずほフィナンシャルグループ サイバーセキュリティ統括部の小林由紀子氏は、《社内外を問わず新しいことに向き合い、チャレンジすること》と定義したうえで、新しいことは前例がなく最適なやり方など分からないので、まずは小さく始めてみることが大切と指摘する。小さく試してみることで、初めから大きな失敗を避けられるし、少しずつ成功の確度も上がっていく。「チャレンジを実現につなげるアクションプランとマインドセットの両方がそろって、アントレプレナーシップだと考えます」(小林氏)

 みずほフィナンシャルグループ執行役の秋田夏実氏が考えるアントレプレナーシップは、《コンフォートゾーン(居心地の良い環境)を飛び出すことを当たり前のように続けること》である。自分の得意な分野や現状の仕事を続けていけば、恐らくストレスは少なくて済む。しかし、世の中が変化するなかで新たな挑戦をしないという選択は、そこにとどまるというよりも、むしろ社会的な後退につながりかねない。「アントレプレナーシップなくして、これからの時代は渡っていけないのではないでしょうか」(秋田氏)

みずほフィナンシャルグループ執行役の秋田夏実氏

 個々人の置かれた環境にかかわらず、前例や経験がない新しい分野の仕事にも果敢にチャレンジすること。なおかつ失敗を恐れないこと。それらを通じて自らの新たなポテンシャルを発見し続けていくことが、アントレプレナーシップの本質と言えそうだ。

日米の経済格差はアントレプレナーシップの差

 ところで、なぜいまアントレプレナーシップが必要とされるのだろうか。これについては、伊藤氏の「失われた30年」に関する以下のような論考が非常に興味深い。1980年~2020年の40年間について、名目GDP(国内総生産、米ドル換算)の上位6カ国(米国・中国・日本・ドイツ・イギリス・インド)の推移を見ると、米国はほぼ一直線に右肩上がりで伸びており、中国は2005年頃から急激に伸びている。

 日本も1995年までは米国と同じようなペースで伸びてきたのだが、95年以降はほぼ横ばいで、あたかも別の国になったような様相を呈している。日本の失われた30年はバブルの崩壊(1990年)から始まったという説が一般的だが、名目GDPの推移を見る限り、バブルの崩壊は単なるきっかけに過ぎず、本当にトレンドが変わったのは1995年からである。

 1995年はマイクロソフトのWindows95が発売され、実質的にインターネット元年だったと言える。それまではモノづくりの時代であり、チームで協力しながらモノをつくり上げることが産業や仕事として大きな意味を持っていた。ところがインターネット時代が到来して、個人が自分の思いに従ってサービスをつくれるようになった。

 95年前後以降に台頭した米国企業を見ると、例えばアマゾン・ドット・コムは「ウォルマートは遠いから届けてくれたらうれしい」という思い、グーグルは「ネット上や図書館など世界中に多くの情報が拡散しているから整理したい」という思い、ツイッター(現X)は「140字ぐらいで世界中の人々と近況報告し合えたら面白い」という思いにそれぞれ基づいている。すべて一個人の「こんな新しい価値を創造したい」という思い、すなわちアントレプレナーシップから企業が生まれてきたわけだ。

「日本には残念ながら、個人が自分の思いに従ってほしいものをつくるという習慣がありませんでした。大きな視点で見ると、日米に生じた経済格差はアントレプレナーシップの差と言えます。逆に、いま個人の思いに従って失敗を恐れずに突き進んでいけば、日本でもさまざまな新しいサービスを創ることができるはず」と、伊藤氏は日本の個人の意識改革に期待を寄せる。

人前でどんどん夢を語り、他人の夢を笑わないこと

 日本のすべてのビジネスパーソンにアントレプレナーシップが求められているわけだが、企業組織のなかでアントレプレナーシップを存分に発揮するためには、具体的にどうしたらいいのだろうか。そこでは①自分がアントレプレナーシップを発揮する②他人にもアントレプレナーシップを発揮してもらう――という2つの視点が考えられる。

 企業のなかでは往々にして、同僚や先輩にアントレプレナーシップの発揮を妨げられることも少なくない。小林氏は社内のジョブ公募に応じて異動した際に、「どうせ無理」「やっても無駄」と言われるなど、数々の“勇気くじき”に遭った経験を持つ。そうした経験を積み重ねるなかで、自ら思考に制限をかけてしまい、見えないよろいのようなものをまとっていると感じることが多々あったという。

「そんなよろいを外せる場所を、私は会社や家ではなく第三の場所に見つけました。外部のさまざまな研修に参加し、異業種で気の合う人を見つけて、その人が誘ってくれる場所にどんどん出掛けたら、いつの間にか周りに好きな人しかいない状態ができていました。そこでは、どのような夢を語っても『いいね』と背中を押してくれます」(小林氏)

みずほフィナンシャルグループ サイバーセキュリティ統括部の小林由紀子氏

 経営層が自分の夢を語る際には、同じビジョンをできるだけ高い解像度で社員にも見てもらい、同じ熱量で働いてもらう必要がある。楯岡氏は企業経営に携わる立場から、アントレプレナーシップを共有することの難しさを痛感している。

「私は銀行からメーカーへ転職したわけですが、恐らく周りからは『門外漢が来た』と煙たがられたはずです。自分を認めてもらうために、少々お恥ずかしい表現になりますが、人徳というか人間性や人間力を磨くことが重要だと思っています」(楯岡氏)

サンテック 常務取締役の楯岡学氏

 伊藤氏は武蔵野大学の学生寮で、生徒たちが毎晩夜更けまで語り合っている姿を見て、「みんなでしゃべること」が圧倒的に重要だと気付いた。自分一人で考えるだけだとちゅうちょしそうなことも、みんなで夢を語り合っているうちに「やってみるか!」という気持ちになって、一歩を踏み出しやすいと伊藤氏は力説する。

「個人が夢を語るためには、他人の夢を笑わないという環境をつくることも大切です。人前でどんどん夢を語ることと、他人の夢を笑わないことの2つが、アントレプレナーシップを発揮するうえで肝になると考えます」(伊藤氏)

 個人のキャリア形成について、昔はそれなりに正解があったかもしれないが、いまの時代には正解がない。自分のキャリアは自分自身でつくるのだということを、個々人が従来以上に強く意識すべきだし、企業のなかでも共有していく必要がある。小林氏のように企業組織の枠組みを超えて、自分なりの社会関係資本を築くことも有効だろう。そうした観点で見ると、改めてアルムナイネットワークの重要性が浮かび上がってくる。

 ネットワークを通じてさまざまな知見に触れることは、アルムナイにとっても現役社員にとっても大きな刺激や勉強につながる。企業にとっても、組織の視点だけでは見えないことがアルムナイとの連携を通じて明瞭になり、企業自身の学びにつながる。こうした双方向のコミュニケーションのなかで、アントレプレナーシップは自然と育まれていくのではないだろうか。

第2部として、みずほアルムナイとみずほ現役社員との交流会が開催され、みずほアルムナイ50名、現役社員10名が参加した
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