
* 本コンテンツは以下講演の【講演動画】と【全文採録記事】で構成しています(役職等は講演時点のもの) *
第3回 戦略人事フォーラム
特別講演1「個の自律を促す人事戦略~カインズの目指す『自律連携型組織』とは~」
開催日:2023年3月14日(火)
主催:JBpress/Japan Innovation Review
ベイシアグループの中核企業として順調に成長を続け、北関東を中心に約230店舗のホームセンターを展開するカインズ。金融や人事・経営分野においてキャリアを積み、カインズで“個の自律を促す人事戦略”を推進しているのが、執行役員CHRO(最高人事責任者)であり、人事戦略本部長およびCAINZアカデミア学長を務める(※)西田政之氏です。
※所属・役職は講演当時のものです。
カインズの組織改革の事例を紹介するにあたり、西田氏はまずリーダーの役割について言及。ハーバードビジネススクールの名誉教授ジョン・コッターの言葉を引用しながら、人間の脳には「生存チャネル」と「繁栄チャネル」があることに触れ、リーダーとして取るべき指針について触れます。そのようなリーダー論に基づき、独自に考案した「100日プラン」に沿ってカインズの改革に着手したという西田氏。その経験を通じ、ある戦略の必要性を感じたことから、新人事戦略「DIY HR」を策定したといいます。西田氏が考案し、その成果も評価され「HRアワード2022」企業人事部門で最優秀賞を受賞したという、「DIY HR」とは一体どのようなものでしょうか。
講演の締めくくりとして、西田氏はさまざまな取り組みの成果を踏まえ、新たな課題を分析しつつ、今後の理想的なあり方としての「自律連携型組織」について解説します。カインズが目指す自律連携型組織とはどのような組織で、同社はその理想をいかにして実現していくか。本講演では、カインズの人事戦略をめぐる“これまで” と“これから” が、具体例とともに明かされます。
【TOPICS】
- ホームセンター「カインズ」の成長の軌跡
- 「生存チャネル」ではなく「繁栄チャネル」を活性化するリーダーの役割
- 企業改革のための“100日プラン”
- カインズに漂う手詰まり感の主な要因とは
- 人事戦略ストーリーの作り方、伝え方
- 「DIY HR」の5つの柱
- HRBP(組織開発部)のコンセプトと役割
- 人事領域の課題解決に向けた具体的な施策
- DIY HRで創出され始めている効果
- eNPSと人事施策との相関分析で特定する新たな課題
- カインズが目指す「自律連携型組織」とは
創業以来オーガニックに成長を遂げてきたカインズ
西田政之氏(以下、西田氏) 皆さんこんにちは。カインズで人事を担当している西田です。今日は「個の自律を促す人事戦略~カインズの目指す『自律連携型組織』とは~」と題して、カインズの事例をご紹介します。
西洋占星術の世界では、2020年のグレート・コンジャンクション*¹を機に、土の時代から風の時代へシフトしたと言われています。これからは「個」が主役であり、目に見えないものを大切にする時代とされています。この大前提をもとに、本日はカインズの組織改革の事例として、ご覧のラインアップでお話しします。
*¹ 公転周期が異なる木星と土星が同じ星座で重なる現象で、約20年に1度発生する。西洋占星術ではこの現象が起こる12の星座を「火・地・風・水」の四つのエレメントに分類し、星座の属性が切り替わる約200年周期で社会・経済に変革が起こると考えられている。
まずは自己紹介をします。私は北海道のど田舎、十勝地方の南部に位置する大樹町で生まれました。牛の数が人の数よりも圧倒的に多い風光明媚(めいび)な所です。今は元ライブドア社長の堀江貴文さんがロケットを一生懸命造って打ち上げている場所になります。私は今に至るまで、ほぼ99パーセントは「運」で来たと思っています。もう1 パーセントの実力もないということです。キャリアは前半は金融、後半は人事・経営です。外資系と日系の経験割合はおおよそ半々で、金融と人事の経験割合も半々です。私の特徴はファンドマネジャーの経験があるので、今大変話題になっている人的資本経営について、機関投資家またはステークホルダーの立場からどのように説明するかに関して、ようやく昔取ったきねづかを生かせる時が来たと思っています。
カインズは北関東を中心に28都道府県で約230店舗を展開しています。手前みそですが、少しおしゃれなホームセンターです。創業以来、オーガニック成長を遂げてきました。第創業期がHC(Home Center:ホームセンター)の勃興期ですね。第2創業期がSPA(Speciality Store Retailer of Private Label Apparel:製造小売業)です。第3創業期がIT小売業宣言と言って、2022年の春に東急ハンズ(現:ハンズ)さんを仲間に引き入れ、さらなる業域拡大を目指しているところです。
カインズはベイシアグループという、国内で6番目に大きい流通グループの中核企業です。同じグループにはワークマンさんもあります。一見、ホームセンター市場は拡大を続けているように見えますが、実は2005年に4兆円でピークアウトしています。ただ、競合他社を含め店舗数は増加傾向にあるので、数字的には販売効率は低下傾向にあるといえます。そうした背景で、カインズは商材や商品、機能性、そして価格で今までなんとかやってきましたが、冒頭でお伝えしたグレート・コンジャンクションによって「個」の時代に入り、個人の承認欲求の高まりとニーズの多様化によって、商材の機能や価格だけではもうどうしようもないところまで来たと思っています。
考えてみると私たち人間は、主観的で非合理的な動機や行動を衝動的に起こす動物です。周りの起業家を見渡してみても、社会で役立つ事業やイノベーションは1人の人間が抱える課題をなんとか解決したいというWILL、強烈なパッション、衝動があって初めて生まれているのがよく分かります。イノベーションを起こすのは個の力ですから、カインズのチャレンジは「個の挑戦と成長を促すこと」にフォーカスしています。
組織運営は「平時と戦時」を見極める
西田氏 カインズの組織改革の事例をお話しします。まずリーダーの役割について、弊社社長の高家正行がよく使う資料をお見せします。
「平時と戦時の経営」とは、いわゆる平時と戦時では戦い方が違うという話です。時間軸も平時は長期と言っていられますが、危機の時は短期一発勝負です。目標設定も平時は大局観と言っていられますが、危機の時は短視眼的にならざるを得ない。組織運営もハンズオンです。リーダーシップも危機の時は偏執狂にならざるを得ない。人材育成も平時にはポテンシャルを伸ばすと言っていられますが、危機の時はスキルで選別だといいます。このように平時、戦時(改革)、戦時(危機)のうち、改革者がどのような状況に置かれているかによって戦い方が違うので、見極める必要があるというのが高家の主張です。
一方、ハーバード大学で史上最年少で教授に就いたジョン・コッターという天才がいますが、彼は人間の脳には「生存チャネル」と「繁栄チャネル」の二つがあると言っています。
生存チャネルは脅威に対して作動します。例えばライオンなどに襲われた時、その状況をなんとかしようとアドレナリンをたくさん出して危機に対応するわけですが、どうしてもその瞬間は短視眼的になる。これが生存チャネルです。繁栄チャネルは機会に対して作動します。心の扉を開いてこの機会をなんとか生かしてやろうと広く周囲を探索する。これはすなわちイノベーションにつながることだと思います。
結局はこの生存チャネルと繁栄チャネルのバランスをいかに取るかが、リーダーとして大事なことだと思います。
コッターは「優秀なリーダーは、部下を過熱した『生存チャネル』に追いやることはしていない。自分自身や周囲の人々の『繁栄チャネル』を活性化するために多くの時間を費やしている」と言っています。したがってリーダーは危機だからといって、部下をむやみやたらに生存チャネルへ追いやってはいけないのだと思っています。
改革で実行した100日プラン、改革の素地を作った100日プラン
西田氏 これを踏まえて改革の手順についてお話します。私もいくつか転職を重ねてきまして、その度にやっている典型的な100日プランというのがあります。まずは、とにかく現場に行って実地体験をして、現場の人に接することが大事だと考えています。
カインズには2021年の6月に正式に入社していますが、4月からの顧問契約の2カ月間は実際に店頭に立ちました。次に、優秀なOBやOGへのインタビューです。ただ、これはカインズではあまりやりませんでした。たいていプロパーの皆さんの目というのはもう濁っているので、OBやOGに「優秀な」という形容詞がつくことが大事なのです。OBやOGにアプローチして、いろいろとインプットするのがすごく大事だと思います。彼らはいったん外に出て、会社を客観的に見ています。プラスで中のことをよく知っていますので、ものすごく有益なインサイトが得られるということです。
その後で経営陣、幹部社員、一般社員にインタビューして課題を洗い出し、課題を構造化して、本質的な課題を推察します。さらに仮説を立てて、経営陣に仮説を確認し、戦略ストーリーを策定した上で、戦略ストーリーに則した施策を考えてプロジェクト化していくのです。だいたいこの手順で100日を過ごすというのが典型的なパターンです。
カインズでも同じようなことをしましたが、冒頭でお伝えしたようにオーガニックに急成長しているので、必然的に副作用がありました。大きく分けて四つあります。
一つは急拡大したため現場から本部主導へと転換が行われ、現場に‟やらされ感”があったり、足りない部分のコンサルタントへの依存体質があったりしました。二つ目は現場から本部への人材登用が行われたので、現場の慢性的な人材不足を招きました。さらに玉突き人事もあり、販売の現場から本部にいきなり来たことで慣れない仕事を任されたことによる人材の伸び悩みも起こりました。三つ目は年功制度の残骸です。カインズには年功的な保守制度があり、強烈な上意下達文化もありました。四つ目は私が入った人事部門の人数が28人しかおらず、受け身のマインドセットが常態化していました。戦略もなければ学ぶ機会も不整備といった状況が起こっていました。一言で言うと、心理的安全性が欠如していたと思います。
結局のところ私たちがなぜ生きるのか、なぜ働くのか。これは幸せになるためだと思います。慶應義塾大学の前野隆司先生が「幸せの4つの因子」について解説されています。簡単に言うと、幸せに影響する「やってみよう。ありがとう。ありのままに。何とかなる」という四つの因子を伸ばしていこうというものです。どれか一つを頑張って実現しても、結局4因子は有機的につながっているため、総合的な人事戦略が必要だろうと思いました。
カインズの底流にあるものから生まれた「DIY HR」
西田氏 そこで考えたのが「DIY HR」です。この戦略ストーリーを作るにあたって、人事に限らず、戦略を作る時は他の財務経営、マーケティング、戦略の一貫性が大事だと思います。ではカインズの底流にあるものは何か、つなぐものは何かを最初に考えました。
そこで生きてきたのが、冒頭でお伝えした現場での実地研修です。現場を丹念に見て回って、現場のメンバーと話すと「カインズの中にはDIYがあふれているじゃないか」と発見したのです。「もう勝ち筋が見えたな」とこの時思いました。すなわち戦略の一貫性が必要ですが、カインズの場合はDIYを通じて全てアラインしているのだということです。
そこで、人事戦略ストーリーはDIYをベースとして自分で書きました。パワーポイントで表現することもあるのですが、パワーポイントは齟齬(そご)が生じます。だから戦略ストーリーはナラティブに書く必要がある。それも5分くらいでみんなが読みきれる分量で、平易な表現、言葉を使って書く必要があると思います。われわれは子どもの時から親から物語を聞いて育ってきていますから、物語は受け入れやすく、しかも忘れないという特性があると思っています。
そして、戦略の伝え方です。この図はサイモン・シネック氏のゴールデンサークル理論で示したものです。通常このサークルは外側から入るのが一般的な会社のアプローチですね。「WHAT」、「HOW」で商品を紹介する。ただアップルなどは違います。「WHY」から入る、「WHY we do」、「HOW we do」、「WHAT we do」です。
なぜそうするのかというと、人は信念や価値観に基づき行動するので、WHYから語ることで人の直感的な感情をつかさどる大脳辺縁系が刺激され、行動を促しやすくするからです。こういった脳科学的な見地から、WHYから入ったほうが良いのです。カインズの場合もWHYから入りました。Do It Yourself、自分でやって楽しむ。このDIYの思想を組織文化へも浸透させることで、個々のメンバーの自律と成長を促すのです。これがWHYですね。
HOW(=どうやってやるか)というのが、先ほど紹介した「DIY HR」の人事戦略ストーリーです。これは五つの柱から成り立っています。
一つが「DIY Career Path」で、自分のキャリアは自分で切り開くということです。これまでカインズはほぼ100パーセント会社都合の異動しかなかったので、これを公募制にして自分で手を上げる制度を作りました。また、そのキャリアパスを作るために学ぶべきことを自分で選んで自分で学ぶのが「DIY Learning」です。そのためのプラットフォームは会社が用意します。
キャリアパスを考えてラーニングを考えたり、人と相談したりすることが必要です。そのために1 on 1ミーティングをベースとしたコミュニケーションを仕組み化します。これが「DIY Communication」です。さらに、ライフイベントにおいて多様な働き方が選べるのが「DIY Workstyle」です。そして、何回失敗しても安心して再挑戦できる心理的安全性の高い環境を整えるのが「DIY Well-Being」です。
先ほどの前野先生の「幸せの4つの因子」を絡めてお話しすると、DIY HRの五つの柱が相互に作用しながら、メンバーの自律と成長を促し、その過程で4因子へも働きかけるだろうというロジックを立てました。
最後はWHATです。これは図で示したように、DIY HRの五つの柱を左にプロットして、これだけの数の施策をこれからやるということを、最初にメンバーに示したのです。たいてい人事のやることは遅いので、皆は待ち切れません。これだけのものを最初に示すことで「まあいっぺんにはできないだろうな。優先順位をつけて徐々にやるんだろうな」という理解も得られたと思っています。
「DIY HR」を商標登録
西田氏 プラスしてこのDIY HRの戦略ストーリーを立てた瞬間に、商標登録をしました。人事が商標登録をするなんて、たぶん前代未聞だと思います。しかし私は「人事はマーケティング」だと思っているので、どんなにいいものを作っても理解され、認知されないと全く意味がないと考えています。だからサプライズが必要です。「DIY HRを商標登録したんだって。何?」といったようなサプライズを狙ったというのもあります。
あとは組織の立ち上げです。先ほど、私が入ったときには人事部門が28人しかいなかったとお伝えしました。カインズにはパート・アルバイトを含めて社員が2万8000人ほどいるので、それを28人で対応するのはさぞかし大変だったと思います。やはり組織としての機能が欠けていた部分であり、そこに四つの機能を加えました。
一つは組織開発部です。これはHRBP(Human Resource Business Partner:HRビジネスパートナー)の受け皿で、14ある本部に、各本部の人事部長を配置しています。これは後から少し詳しくお話しします。二つ目に企画部門です。機能がなかったので加えました。三つ目は人事マネジメントで、採用・配置・教育・評価を一気通貫で行えるフローを作りました。四つ目は人事業務で、これらの運用業務を強化しました。今は28人から、100人の組織になっています。
HRBPの3つの役割
西田氏 大事なのはこのHRBPのところです。10年以上前にHRBPがはやりましたが、あまりうまくいかなかった。なぜかというと事業部門と人事部門のちょうど間にHRBPが挟まってしまったのが一因です。ただ、今はCHROの役割がかなり機能しているので、これからうまくいくのではないかと私は信じています。
HRBPには3つの役割を与えました。一つが組織・人員課題の抽出・解決で、事業本部長のパートナーとして一体感を持ってやることです。それからDIY HRのWHATの部分の施策を示しましたが、全社施策の推進と実行・定着の支援をすることです。それから各メンバーのキャリアアドバイザー、1 on 1、育成面談のフォローなどとにかく徹底的にメンバーに寄り添うことを課しました。人数が多くても関係ない。メンバーにとにかくできる限り寄り添うことをミッションにしました。
施策の立案については未着手、方針策定、検討具体化、実行と流れていきます。2022年2月までには図のとおり検討の具体化、実行が進んでいるということです。
1番から17番までありますが、かいつまんでご説明します。まず人事制度を変えました。グレード・評価・報酬と、メリハリがあって分かりやすいフォームに変えました。これは2022年の9月に運用を開始しました。
さらにはこの制度変更にあたってDIY HRガイドブックを作りました。これをもって人事のメンバーがキャラバン隊を組み、230店舗の主だった所をキャラバンして説明に回りました。さらにはキャリアパスの複線化です。先ほどお話ししたように手を上げる社内公募制にしました。今は50パーセントを目標にしていますが、今の時点で2~3割が公募になっています。また、カインズには実は140種類もの職種があり、社内副業を推奨しています。さらに、いいなと思っても本当に自分に合っているのか、自分が思っている仕事かどうか分からない場合に、社内インターン制度を作って運用しています。数週間や数カ月間、試しに働いてみることができます。
研修教育制度の大きな改革「CAINZアカデミア」開講
西田氏 さらに大きく変えたのが、研修教育制度です。今までは第1階層の基本知識、第2階層の階層・職種別の専門スキルを学ぶことしかありませんでした。ここに第3階層、第4階層として、自らのキャリアを作る、マネジメントを目指すことを加えて「CAINZアカデミア」と総称しています。
特徴的なのがこのリベラルアーツを学ぶ「カインズ白熱教室」です。手前みそですが講師陣が超豪華だと思っています。例えば第1期は元BCGコンサルタントの山口周さん、大阪芸術大学客員教授の佐藤尚之さん、スタンフォード大学客員講師の松山大耕さんです。第2期はVoicyパーソナリティーの荒木博行さん、京都の哲学者の谷川嘉浩さん、エネルギーをめぐる旅の古舘恒介さん、アート思考の末永幸歩さん。第3期もヘーゲルの思考について川瀬和也さん、法政大学の田中研之輔さん、圓窓代表取締役の澤円さん。このような一流の講師陣に来ていただいております。
私がやっているCHRO塾も、『模倣と創造』の佐宗邦威さん、『リーダーシップ進化論』の酒井穣さんをお呼びしました。豊間根青地さんというパワポ芸人がいるのですが、彼はすごかったです。彼に講師をしてもらったら、メンバーのパワーポイントのスキルが格段にアップしました。それから『進化思考』の太刀川英輔さん。面白いのがSF思考ワークショップです。今の私たちの世界は30年前の未来小説の内容を結構実現しているのですが、そうであれば30年先の未来小説を書くことによって、バックキャスティングでイノベーションにつなげられるという内容のワークショップでした。
さらには1 on 1ミーティングが大事です。ただ他社さんも含めてあまり1 on 1ミーティングがうまくいっているという話を聞きません。これはやはり上司が、1 on 1のうまいやり方をまだ身に付けていないのではないかと思っています。1 on 1の元祖である元ヤフーの本間浩輔さんに頼んでワークショップや講師をしていただき、やはり良質なロールプレイに接するのが大事だなと思いました。本間さんにロールプレイをしていただいたのをビルドシューティングして12モジュール作って、メンバーがいつでも理想的な1 on 1を見られるようにしています。
加えてTeaching Assistant制度を作りました。これは平たくいうと「ミニ本間」を作るというものです。本間さんのアシスタントをして身近で薫陶を得る、体験することによってミニ本間を作ります。公募制で140人がカインズ全体の1 on 1の質を上げるチャレンジを、今しているところです。
社内ラジオにも挑戦
西田氏 さらには社内ラジオを始めました。店舗で働いているメンバーのことを考えると、やはりパソコンを開けて書いたものを見るのはなかなか厳しいのです。店舗は地方に多いので、通勤は皆さん車が多いです。考えてみると、運転中は目や手は埋まっていますが耳は空いていると気づき、そこでラジオで教育や情報などを流すことを考えました。
コンテンツは色んなものがあって「CHRO TALK LIVE」は私が外部の経営者と対談する番組です。「どんなお仕事してますか」は、140種類の仕事を紹介する番組です。「Thank You 広場」はお客さまの声を拾う番組です。特徴的なのは「新店・改装店開店朝礼」です。ホームセンターはお店を開くのが大変なのです。用地買収から始まってお店を作り、人を採用してトレーニングし、商品を陳列して販売オペレーションの研修をします。だから開店の日の朝礼では、店長は感極まって泣くことがあります。その臨場感を伝えるのは今まで社内報しかなかったのですが、これを音声で伝えると感情が伝わるというのでしょうか。これは非常に好評です。
さらには小売りなので、ハラスメント問題が少なからずあります。カインズは「respeCt」という七つの基本ルールを作って、ポップなポスターを掲示しています。私がハラスメント撲滅宣言、要するに「ハラスメントをしたら一発アウト」という宣言をしました。さらに基本ルールでNG集も作りました。これを広く周知したおかげでかなり改善しています。
半年の成果について紹介します。eNPS(employee Net Promoter Score:従業員推奨度)については、従業員満足度が3ポイント上がりました。「キャリアを自律的に考え相談できる」という人が8割に上り、研修は公募型を中心にしたので受講時間がのべ6500時間に到達しました。また社内ラジオはVoicyの緒方憲太郎さんに聞くと、他社の視聴率はだいたい10パーセントほどですが、われわれの視聴率は25パーセントあります。これはすごいねと言われています。
HR Award 2022でDIY HRが最優秀賞を受賞
西田氏 これまでの成功の要因を振り返ると、一つは「改革を強力に推進できるリーダーがいた」ということです。二つ目は「DIY HRというキャッチーなコンセプトを提示できたこと」です。三つ目は「現場に徹底的に寄り添うという姿勢を貫いたこと」です。それから4番、5番は圧倒的な人事領域をカバーする「施策の数と幅、そしてスピード感」です。こうした取り組みから本気度が伝わったと思っています。そのおかげでHR Award 2022でDIY HRが最優秀賞を受賞しました。
新たな課題についてお話します。当社はeNPS、従業員満足度調査を半期に1度実施し、これと施策との相関を取っています。図の右上ではeNPSとの相関が高く、施策の満足度が高いことものが示されており、これはうまくいっているということです。逆にeNPSとの相関が高く、満足度が低い施策には問題があります。アンケートなどでどのような領域の、どのような属性の人がそのように思っているかをピンポイントに、ターゲットを絞って分析します。観点と優先度は真ん中付近にありますが、たいてい図の右下に示された課題に対して適切な打ち手を、優先度をもって対応していくという、ある意味サイエンスを使ったものを行っています。
カインズが目指す自律連携型組織とは
西田氏 「カインズが目指す自律連携型組織とは」という話題に移ります。当社は冒頭でお伝えした通り、かなり軍隊的で、指示を完璧に遂行するような統率型組織でこれまで急激に拡大してきました。ここで時代の転換を経て、今は自分の頭で考え、自律連携型組織にしたいと思っています。それを実現・促進するのがDIY HRです。
自律連携型組織とはどんなものかというと、例えば森は1本1本の木はきちんと自立していますが、根でしっかりと連携していて情報交換をし、一つの生命体として共生しています。この姿を目指しています。この自律連携型組織で目指したいことは、一つは自律レベルと最終的な成果レベルを上げることです。それから個人・組織の成長と育成を促します。さらに個と個の創発によってイノベーションを起こします。この三つを実現したいと思っています。
今は「VUCAの時代」と言われています。正直、これまではだいたい勝ち筋というのは見えていたと思います。今までは誰か優秀な人の後についていけばよかった時代でした。ただ、そういう人でも必ずしも正解ではなくなり、後悔しないために自分の頭で考えて決めることがこれからますます重要になっていきます。だから誰かの後についていく、あるいは誰か1人が考えればいいという話ではありません。これからは「1億総哲学者の時代」になるのではないかと思っています。
認知科学者のスティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックが提唱する『The Knowledge Illusion』では、「どんなに頭がよくても、1人の人間の知識なんてたかが知れています。人間が繁栄した最大の理由は、自らの頭蓋の中に保持された知識だけでなく、他の場所、例えば自らの身体、環境、とりわけ他の人々の中に蓄えられた知識に頼ることです。そうした知識を全て足し合わせることによって驚異的な思考力を発揮してきたのです。よって自らが知のコミュニティーに参加し、それを活用することができる人が本当の意味で優れた人であると言えます」と述べています。
だから自分の頭で考えることが必要であり、すなわち他人の頭で考えることも必要である。哲学を学んでいにしえの天才たちの思考力、想像力を自分の考えになぞらえてみる。孤独というのはいい内省機会なので、孤独を避けずに良質な問いを立て続ける。そして知のコミュニティーに参加して活用し、自らも貢献するために学び続けることが大事だと思っています。
カインズの人事戦略本部には「西田文庫」があります。会社に図書室はあるのですが新刊があまりないので、私が読んだ新刊を全部ここに持ってきて社員に開放しています。今300~400冊の蔵書があります。人事戦略本部内に書道家がいるので「学び続ける」などとしたためたポップをディスプレーしてくれています。
自分の提供価値を考える
西田氏 最後になります。皆さんは自分の提供価値を考えたことがあるでしょうか。この図では事例としてCHROを真ん中に置いていますが、例えば経営に対しては時代背景、外部環境、社内情報、要するに「社内ではどんなことが起きているのか」を報告するという提供価値があります。社員に対しては難しい経営情報をそしゃくして話す、理念、バリューを浸透させる、学びのプラットフォームを用意するという提供価値があります。事業に関してはブランド、商品・サービスのサポート、組織横断的な取り組みのサポート、リスクマネジメントの提供価値があります。
お客さまや社会に対する提供価値はファンベース、社会貢献、このようにベストプラクティスを共有することです。さらには人的資本経営の観点から、株主投資家にはどのような組織カルチャーで、どのようなHRマネジメントシステムで、どのような人材ポートフォリオを描いているかを伝える義務があると考えています。これがCHROの提供価値です。皆さんも真ん中に自分の役職を置き、自分はどのような提供価値があるかを考えてみることがすごく大事だと思っています。
冒頭で私は「99パーセント運」だという話をしました。ただ運も、黙っていて来るものではないと思っています。やはり「徳を積む」ということが大事で、徳を積むことによって神様もそういう機会を下さるのかなと信じています。ですからお天道さまに恥ずかしくない行動をとることが、最も大事だと思っています。本日の私の話はこれで終わりにしたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
