堀場製作所 理事 管理本部副本部長 兼 秘書室長の森口真希氏。同社グループである堀場テクノサービスビルのロゴ前にて

 京都を本拠とする堀場製作所は、高性能な分析・計測機器の開発、製造、販売で有名な企業だが、もう一つ有名なものがある。それは「おもしろおかしく」という社是だ。そのユニークさゆえに多様な媒体から「どんな意味だ」「社員はどう理解しているのか」など話題にされてきたが、昨今、「パーパス」という企業意思を明確に言語化する潮流が目立つ中、パーパスの大先輩であるこの8文字の意味を再度問い直したいと感じた。本社是が制定された1978年(キャンディーズ解散、サザンオールスターズがデビュー)から40年以上たち、堀場はこれからも「おもしろおかしく」でいくのだろうか。

当初は役員会から大反対をくらう

ビルの壁に貼られた社是「おもしろおかしく」

 本社是は同社が1971年、大証第二部上場時に証券取引所の理事長から「御社の社是は何か」と問われたときに創業者の堀場雅夫氏が考えたものだ。「社是というものがいるのか」と考えた挙げ句の「おもしろおかしく」だったが、当初、役員会に提示したときは大反対されたと言う。その後、氏が社長職を辞して会長に就任するときに、「記念品はいらないからあれを社是にしてくれ」と再度願い出て受け入れられたとのこと。

 この社是のベースになる思いは創業者が人間の可能性に感銘したからと、同社理事 管理本部副本部長 兼 秘書室長の森口真希氏は語る。「物理を専攻していた創業者は起業後、企業としての格を上げるために社員に博士号を取ろうという号令をかけました。その際に自らも博士号を取ろうと、専門であった物理ではなく医学博士の博士号を取得しています。博士号取得の過程で医学を学び、人間の素晴らしさ、科学ではまだ解明できない人の可能性に感銘を受けたと言っていました。この人間が毎日、会社で10時間近く過ごすのなら、仕事が面白くなければその人の人生そのものが豊かにならない。堀場で働くなら、おもしろおかしく仕事に励み、そういった仕事から生まれた製品を使う人に届けたい」という思いがあったと説明する。

 なるほど納得できる理由だ。しかし、「おもしろおかしく」では、受け取る人によっていろいろな解釈があるのではないだろうか。対して森口氏は、それは個々人の考えで良いと教えてくれた。社是は、あなたのおもしろおかしくは何ですか、それを日々の仕事でどう実現していますか、という問いを投げかけるだけで「答えはバラバラでいい」と森口氏は語る。

 ユニークな上に自由過ぎて捉えどころがないように感じるが、その代わり、この8文字はあらゆる場面で、堀場の社員に答えを求めてくる。今回取材で堀場テクノサービスビルに伺ったが、入り口の壁に、エレベーターの扉に、取材で入った会議室に、紙コップに、常に「おもしろおかしく」が記されていた。

 森口氏によれば普段の会議の中でも、「それって本当に『おもしろおかしく』なのか?」と当たり前のように使われていると言う。「『全然おもしろくないね』って言われたこともあった。そういう指摘を受けると、堀場らしさを忘れていたことに気付きます。『その提案はダメ』ではなく『おもしろくない』って言われることで、発想が広がり次につながる。言語化の良いところですね」と森口氏は8文字が堀場の空気になっている様子を伺わせてくれた。

「おもしろおかしくが社是である会社で働いている、という自覚は社員全員にあると思いますし、これには自信があります」(森口氏)

「おもしろおかしく」を時代に合わせるプロジェクトが始動

取材時の部屋にも社是はある

 しかし、時代は変化する。1978年の日本と今は大きく変わった。中でもコロナ禍は、働き方に大きな変化をもたらした。たった2年でテレワークが当たり前になり、価値観も大きく変わった。森口氏も、20世紀後半のみんなが頑張ればより豊かになれる空気感の時代とは、今の局面は明らかに違うと言う。社会も苦しい、組織にもどこか閉そく感が漂う、と重ねる。

 そんな中で堀場の次世代リーダーたちが自分たちの未来について議論を始めていた。また、同時に経営陣からもどのように堀場の文化やDNAを継承していくのか、ということに対してマネジメントメンバーに宿題が出されていた。時代が変わっても「おもしろおかしく」を忘れず、何かあってもそこに立ち帰れるようにしようと。

「おもしろおかしく」はShared Value、共通価値観として心に抱えながら、私たちはどこに向かえばいいのか、大海原の中でどんな海図を描けばいいのか、どういう使命感を持って社会やビジネスに向き合えばいいのかを言語化して、北極星のように見失うことのない長期的なビジョンを持とう。そうしたプロジェクト、Our Future Projectが立ち上がった。特に堀場は、2023年に創立70周年を迎えるという節目もあり、考え始めるには良い時期でもあった。

「Our Future Project のメンバーとして30代中心の若手リーダーを世界の各拠点から集めて、既に半年かけてオンラインで議論を進めました。今後の心のよりどころとなる北極星を、みんなで言語化していこうとしています。そこから生まれたメッセージを各社に展開し、現場の意見を拾うプロセスの最中ですが、全て自前で試行錯誤しながら進め、意見を出し合っているところです」と森口氏は語る。氏は次世代リーダーの議論が立ち上がったタイミングからアドバイザーや経営層とのつなぎ役、という立場で関わっている。

 もともと「おもしろおかしく」の意味は自分で考え、体現しなさい、というのが堀場のスタンスだった。また、精度の高い分析・計測機器を通じて正しく「はかる」ことで地球環境や未来に貢献していきたい、という思いを持って堀場に入社するメンバーが多かった。しかしながらZ世代のように若年層の社会貢献意識はますます高まり、「おもしろおかしく」とは何か、を皆で共有しながら同じ方向性を見て進んでいきたい、こうした多様性の時代にこそ、みなの思いをまとめていくための言葉を掲げたい、という声が若手リーダーの中から出てきた。これが、そもそものOur Future Projectの発端であったと言う。