(左)金 英子(Yingzi Jin)氏 有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス マネージングディレクター 博士(情報理工学)。国内大学院や海外研究所での研究員職、IT事業会社や総合コンサルティングファームでの経験を経て、現職。現在は幅広い業界・業種のクライアント向けに、顧客分析、知財分析、人事データ分析、介護・医療データ分析、異常検知など、データやデジタル技術を活用したデータドリブン経営のコンサルティングプロジェクトをリードしている。また、ライフサイエンス・ヘルスケア領域におけるAI・アナリティクスチームをリードしている。
(右)ダオ タンビン(Dao Thanh Binh)氏 有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス マネージングディレクター。グローバルインターネット企業を経て現職。デジタルアセットの開発・推進とAI、データ分析のシステム設計の業務に従事。 ECや金融業界への最先端技術によるプラットフォーム構築・運用、IoTやAIのサービス開発の企画・遂行、グローバル組織の立ち上げ・マネジメントの経験を通じて、DX促進のためのAI、データ分析の活用に強みを持つ。

 デロイト トーマツ グループの有限責任監査法人トーマツは、AIモデルによる医療エビデンス合成支援ツールを英国リヴァプール大学とともに開発。製薬企業などメディカル戦略や医学研究に関わる企業や研究者を対象とした医療エビデンス合成を支援するアドバイザリーサービスの提供を行っている。

 今回開発した医療エビデンス合成支援ツールは、これまで多くの負担がかかっていた人による調査を省力化するとともに、プログラミングなどの専門知識を必要とせず数々の情報を容易にまとめられる。そのため、製薬会社など医療研究機関は、自組織の得意分野での研究成果を得るための工数を削減できるメリットがある。プロジェクトのキーパーソン2人にツールの特徴や効果について聞いた。

医療エビデンス合成には、論文や文献の調査に加え、データの統合処理に課題があった

――デロイトアナリティクスは、どのような組織なのでしょうか。

金 デロイトアナリティクスは、クライアントの課題に対しテクノロジーやAI・アナリティクス要素を有機的に組み合わせながら、企業のビジネス変革を支援する集団です。クライアントに直接コンサルテーションしながらデリバリーするチームや、デリバリーを効率化するためのアセットを開発するチーム、より深い技術問題の解決にフォーカスするR&Dチームなどがあり、一体となってビジネスや社会課題の解決に取り組んでいます。

 例えば、今回の医療エビデンス合成支援ツールは、過去に製薬企業へコンサルティングデリバリーを行う中で論文の読み込み作業に課題を感じたことをきっかけに生まれました。課題をAIやアナリティクスにより効率化するアプローチを模索する中でR&Dチームと英国リヴァプール大学の共同研究が生まれ、さらに分かりやすいUIとEnd-to-Endで操作ができるようなツールをアセットチームで開発しました。現在はそのツール使って再び、製薬企業向けのコンサルティングサービスを提供しています。

――エビデンス合成とはどのようなものでしょうか。

金 医療エビデンス合成とは、特定の医療トピックに対して、世の中にある臨床試験や臨床研究から得られたエビデンスを網羅的に収集して統合するものです。単一の臨床試験や臨床研究から得られる情報のみだと、どうしてもバイアスやばらつきが存在するため、複数の結果を網羅的に収集して、レビューして、統合解析することは、医療上、非常に重要ですので、治療のガイドライン策定や医療政策などで活用される手法でもあります。

 また、製薬会社においても、医療界ガイドラインの中で自社の製品が高く評価されることは非常に重要な目標の一つとなっています。例えば、競合の製品を含めたエビデンス治療ネットワーク上で、自社の製品が、どのような患者集団であれば抜きん出て有効性が高いのか、安全性も担保されるのか、といった自社製品の強みやポジションをエビデンスに基づいて把握することは、企業のメディカル戦略策定においても重要な手法です。

論文が対象の研究かの選別にはノイズの除去作業が必要で、それを人が行うと非常に手間がかかると金氏

――医療エビデンス合成に関するツールの開発を始めるようになったきっかけを教えてください。

ダオ われわれが実際に製薬会社にエビデンス創出支援や論文化の支援を行う時に、大量な論文の読み込み作業で課題を感じたことがきっかけでした。エビデンスの調査には、まずは検索キーワードを広く設定して、網羅的に論文を集めなければいけません。しかし、ヒットした数百、数千の論文の中にはノイズがたくさん含まれます。対象としている研究であるかどうか選別するためのノイズの除去作業を人が行うと、非常に手間がかかります。また、選んだ論文を統合するためには、生物統計学の知識が必要となり、それを実装する際にはプログラミングの知識が必要です。これらの工数的な問題や、解釈に必要な知見の不足などが迅速なエビデンス合成を実施する上でハードルとなっていました。それをAIやアナリティクスを使った効率化できるのではないかと考え、AIモデルやツール開発を始めるようになりました。

――臨床試験や研究成果などのエビデンスのソースにはどのようなものがあるのでしょうか。実証ではどのようなテーマで行われましたか。

金 エビデンスのソースは、PubMed等の医療文献データベースで公開されている医療論文になります。製薬企業でデリバリーしている具体的なテーマとして、自社の薬剤Xが適用されている特定の疾患領域Yを対象に、エビデンス創出に向けたClinical Question(CQ)を設定した上、キーワードで検索・収集した大量の医療論文に対して、世の中で疾患Yに罹った患者に対しどのような薬剤や治療法に対して有効性評価が行われているかを調べ、その中でどのような患者集団、どのようなアウトカムで自社製品に勝ち筋があるかを探索的に見つける、といったものがあります。ほかには、仮想の効果量データを用いて、その研究成果が出版された後にどれぐらいインパクトがあるかの有効性評価を事前にシミュレーションしてみるテーマもあります。