既存事業の深化と新規事業の探索を両立する「両利きの経営」は、「イノベーション創出」という大きな課題を解決する経営論として広く認識されている。しかし実は、その捉え方には多くの誤解があるという。「両利きの経営」の提唱者の1人であるチャールズ・A・オライリー氏の共同研究者でもある加藤雅則氏が、実践論としての「両利きの経営」の本質や、その実践を支える組織づくりの基礎理論を、事例を交えて解説する。

※本コンテンツは、2022年9月12日に開催されたJBpress/JDIR主催「人・組織・働き方イノベーションフォーラム」の特別講演3「再考:両利きの経営=両利きの組織をどう作るのか?」の内容を採録したものです。

動画アーカイブ配信はこちら
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72968

「両利きの経営」を正しく実践するための組織マネジメント

 株式会社アクション・デザイン代表取締役であり、IESE (イエセ)Business Schoolの客員教授なども務める加藤雅則氏は、留学時代にチャールズ・A・オライリー氏に師事。AGC株式会社(旧:旭硝子)の変革事例などの共同研究に携わり、現在もオライリー氏が会長を務めるコンサルティング会社Change Logicの東京駐在を兼務している。加藤氏はまず、日本で広まっている「両利きの経営」への誤解について言及する。

「この言葉の意味を、イノベーション創出のための出島方式や事業再生方法と混同する例が目立ちます。これらの誤解は、『両利きの経営=知の探索・知の深化』といった解釈に起因していると考えられます。しかし、こうした抽象的な捉え方は、この課題を組織マネジメントの対象にすることをかえって難しくしてしまいます」と加藤氏は指摘する。

 さらに「両利きの経営とは、既存の経営資源や組織能力を再活用して、新しい成長領域を見出す経営です。オライリー氏は『自分たちがすでに持っているものを活用する』という点を強調しています」と補足する。両利きの経営は、企業という組織の中で、「既存の事業を深掘りする組織能力」と、「新しい事業機会を探索する組織能力」の両立を目指すものだ。そして、これらの矛盾する2つの能力を同時並行で実践していくために、経営資源の組み替えや組織活動を大きく変えることも辞さない経営なのだという。

 この点に関して、「これまで企業が当たり前に行ってきたことではないか」という反論も多くある。対して加藤氏は「言うは易く、行うは難し」とした上で、「両利きの経営は、単なる経営論ではなく、実践論を含むものです。そのエッセンスは『矛盾する組織カルチャーのマネジメント』にあります」と示唆する。

 では、なぜ組織カルチャーが鍵となるのか。加藤氏はさらに、ピーター・ドラッカーの“Culture eats strategy for lunch”という言葉を引用する。「戦略、事業方針を決めても、カルチャーが邪魔をして実行できない」ということだ。例えば成功を収めてきた大企業には、コア事業で培ってきた、効率を追求する組織カルチャーがある。しかし、新規事業の探索では非効率を許容する必要があり、カルチャーを変えずに両利き経営を実行しようとしても、取り組み自体がすぐに形骸化してしまうのだという。

 ここで1つのポイントとなるのは、組織カルチャーを「風土」「社風」「文化」などと抽象的に捉えないことだ。オライリー氏は、組織カルチャーを「組織特有の行動パターン」「やり方」と定義づけている。コア事業と探索事業、それぞれに異なる行動基準を持ち、それらが組織の中で合意されていることが重要なのだ。