2008年からの世界金融危機の影響によって、「沈む巨艦時代」とやゆされる大低迷期を迎えた日立製作所。その立て直しの旗振り役としてグループ会社の会長から本体の執行役会長兼社長として招請され、大改革を断行して再生を成し遂げたのが、川村隆氏である。現在、同社で名誉会長を務める同氏に、人材育成や企業統治はどうあるべきかを、日立の事例を交えながら語ってもらった。「経済力・発言力のある国家として世界をリードしていくためには、各組織における人材育成が必要」と話す、同氏の企業論の根幹に迫った。

※本コンテンツは、2022年8月26日(金)に開催されたJBpress/JDIR主催「第1回 取締役イノベーション」の特別講演2「私の企業経営論<後編>」の内容を採録したものです。

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「ザ・ラストマン体験」が自己実現へとつながる

 日本にも大きな影響を与えた2008年からの世界金融危機。その後に「日立再生」という命題を背負い、執行役会長兼社長という重責に堪えて業績回復を成し遂げたのが、現在、日立製作所で名誉会長を務める川村隆氏だ。同氏に中層人材の育成について聞くと「大卒新卒は、すぐに『大企業病』にかかってしまうことが問題」という返答が返ってきた。

「大企業病」とは、仕事を進めるスピードや成果へのこだわりが不足し、自身が保守的な組織の一員だということに気づけない、まさに企業人にとって深刻な病である。また、「顧客が喜べば会社の仕事として正しく、赤字は悪ではない」と思い込んでいる赤字部門の社員や、上限関係のヒエラルキーにとらわれすぎる社員にも苦言を呈す。

 人材育成においては、「年功序列型からの脱却や横串を通す仕事だけでなく、プロジェクト型勤務の立ち上げが必須である」というのが同氏の考えだ。

「社会全体で労働人材の流動性が確保できる形を目指すべきです。『人生』というプロジェクトのリーダーになれるのは、自分しかいません。人生プロジェクトを有意義なものにするためには、企業が社員に『ザ・ラストマン(最終責任者)体験』をさせることが重要です」

 社員に「ザ・ラストマン体験」をさせるためには、定型業務とは異なる、小集団活動的な特別プロジェクトに取り組ませることが最適だと語る川村氏。小集団活動で実務適用した収益改善計画をベースに「ラストマン」を育成していく。その際に上の立場の人間は、テーマを与えすぎず、自ら考える環境をつくり、かつ、結果が出やすいテーマを示すことが大切だという。「小さなラストマン」が誕生し始めると、やがてさまざまなテーマで成功を収める「大きなラストマン」が登場していく。その中から経営のできる人材を発掘していくのだ。

 また、ラストマン体験をした人間は、次に、生涯キャリアを考えていくようになるという。自分で選択しながら人生を進んでいくことが、自己実現へとつながっていく。

「人生に最も大切なものは『生きがい』です。仕事は『やりがい』や『働きがい』を重視しがちですが、『生きがい』の方が上位だと私は考えています。なぜなら、『働きがい』や『やりがい』は世間が評価するものだからです。『自分はこれが好きだ、これが大事だ』という、世間の評価とは異なる『生きがい』こそ、大事にしてほしいと思います」

 また、川村氏は自己実現を図るための資産を次のように考えている。

「資産には技術的なスキル、知識、デジタル力、企業会計力とさまざまなものがありますが、私は英語力が特に大事だと考えています。また、活力資産となるものは、健康や好奇心、友人、家族などです。好奇心は、変身資産にもなり得ます。今の自分から変わりたいと思った時には、オープンマインドで多方面に好奇心を発揮することが重要です」