(写真右)住友化学株式会社 執行役員 IT推進部長 猪野善弘氏 入社時は人事部に配属、その後、工場の生産管理・企画を担当。日本とシンガポールで基幹業務システムであるSAP導入に参画した後、サウジアラビアに赴任し、ペトロ・ラービグ社へのシステム導入を担当。帰国後、工場経理、本社経営企画、ビジネス部門の企画管理部長を経て、2019年からはIT推進部長として、グループ全体のITガバナンスやサイバーセキュリティ対策、システムの開発運用、IT/DXの基盤整備の指揮を執る。/(写真左)住友化学株式会社 デジタル革新部長(工学博士) 金子正吾氏 プロセスエンジニア出身で、プロセス開発や製造技術を担当。2016年より本社生産技術部にてプラントのDXを推進。2019年度から開始した中期経営計画の全社のデジタル革新プロジェクトを機に現職に。データサイエンスをCoE(Center of Excellence)として、R&D、プラント、セールス、マーケティングなどのデータ利活用を通じた価値の創出を推進。社内のデータ基盤の構築やデータ解析人材の育成も担う。

激しい変化への対応には、デジタルの力が必要

――2019~2022年度の中期経営計画でDX戦略を推進されました。それ以前に抱えていた課題についてお聞かせください。

金子 デジタルを使った変革の推進において、私たちを取り巻くビジネス環境をどう捉えるべきか、何が競争上の優位点なのかなどを議論して戦略を立てました。素材・化学産業にとって、地球温暖化、海洋プラスチック、食糧問題、生物多様性などサスティナブルな社会の実現に向けた課題を解決する製品やソリューションの提供は事業創出の機会だと考えています。

 また、顧客や市場のニーズの多様化・高度化が進むとともに、製品のライフサイクルが次第に短くなっていることにも着目しました。これまでにないスピードで、素材の研究開発から市場投入までを進めなければならない状況にあります。

 当社は総合化学メーカーであり、さまざまな事業を手掛けています。新規用途や顧客開拓を目指したスペシャリティ製品では、顧客ニーズと自社シーズのマッチングと擦り合わせの加速や、マーケティングから量産までの速やかな実現が必要です。既存用途、既存顧客向けのスペシャリティ製品では、機能要求の多様化や少量多品種対応などが求められます。他方で、既存のコモディティ製品では、サプライチェーン全般にわたる最適化、合理化によりコスト競争力を生み出していく、というように分析し、各々に戦略を立てます。それぞれの戦略の中にデジタルを適用することをDXの目的として掲げて取り組んできました。

さまざまな製品カテゴリーにおいてデジタルを適用
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 2019年度からの中期計画では、「プラント」「R&D」「サプライチェーンマネジメント」「オフィス」の4領域に焦点を合わせ、「DX戦略1.0」として、各領域の内部プロセスの効率化、生産性向上からスタートしました。次の「DX戦略2.0」のポイントは事業の競争力強化で、顧客接点の強化や顧客満足度向上による付加価値創出に重点を置いています。その先の「DX戦略3.0」では、当社の製品やコア技術にサービスやデータを組み合わせることで新しいビジネスモデルを実現していきます。

――2019〜2021年のDXに関する取り組みについてお聞かせください。

金子 プラントではIoTやAIを使い、高品質・高収率を実現する最適な運転条件の決定や機械の予知保全にデータ解析を活用することで、安全安定操業の基盤強化につながりました。R&Dでは材料探索・設計期間の大幅な短縮や従来の経験的な開発ではたどり着かないような新たな発見を目指し、「データ駆動型」の研究開発を推進しており、その取り組みの中心となっているのが、材料開発をAIで行うマテリアルズ・インフォマティクス(MI)です。多くのR&Dテーマにおいて、お客さまが求める特性を満たす材料や分子の設計を、MIを活用して効率的かつ高度に行っています。

猪野 オフィス領域では、コミュニケーション基盤の整備とペーパーレス化の推進に注力してきました。新型コロナウイルスの流行が始まる前にコミュニケーションツールを刷新していましたので、リモートワークの活用により、素材の供給責任を有する当社の事業活動の継続に貢献できました。また、2016年から取り組んできたペーパーレス化に関して、2021年には紙の使用量が2016年の半分になりました。他にも、電子署名やワークフローの電子化など、業務の生産性・効率性の向上につながる取り組みを進めてきました。

 サプライチェーンについては、当社は日本企業の中でもかなり早くからSAPを導入していましたが、2021年4月にS/4HANA化を完了しました。米州と欧州では、日本よりも早くS/4HANA化を進めていましたので、サプライチェーンと経理のグローバルデータを一元的に管理できる基盤が強化されました。購買業務においては、サプライヤーとの情報のやりとりを電子化することで、依頼・発注した案件の状況把握が容易になりました。また、海外売上高比率が約70%の当社においては関税や規制貨物といったコンプライアンス面への対応も重要な課題であり、これらにもデジタルを活用することで改善を図りました。

2022-2024年度中期経営計画資料より、2019-2021年度「デジタル変革による生産性向上」の総括
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――これらの取り組みによって、どのような成果が得られましたか。

猪野 会議のオンライン化による業務効率化が成果の一つです。対面で開催する会議にももちろん良いところはありますが、間違いなく言えることは、オンライン会議では会議室への移動時間が不要だということです。例えば、工場では現場事務所から会議室への移動に20分ほどかかることもあります。本社内でも席から会議室への移動は5分程度かかります。このような移動時間の削減だけでも、全社で積み上げると大変大きな数値になっています。また、中期計画の項目の一つに財務体質の改善があり、そのための大きな施策の一つが在庫の適正化です。全社で何万種類もある製品の生産・販売・在庫の分析・最適化を人手で行うには限界がありましたが、社内に散在していたデータを集約し、統計処理することで得られる解析データをもとに、事業部門の人と議論していく形で、数百億円規模の在庫削減を進めています。