日本企業にとってDX推進は最優先の経営課題となっています。しかし、一方でいざ取り組みを始めてみると、組織の問題点や海外の先行事例が必ずしも当てはまらないといった実情が明らかになり、結局のところ、「検討段階を抜け出せないままでいる」との声も少なくありません。

 この遠因が「大きな変革が必ずしも必要ではなかった」という日本企業の軌跡だったとするならば、ダイナミックな変革の経験が少ないとされる日本企業がDXを実現するためには、「日本流のプロジェクトの設計や進め方」が必要となるはずです。

 本稿を含む3回の連載では、CX(顧客体験)の変革を起点として全社DXを実現する「CXトランスフォーメーション」をキーワードに、日本企業がDXを実現するための組織づくりや方法論、思考法をひもといていきます。

 第1回となるこの記事では、「CXトランスフォーメーションとは何を意味し、変革のための組織や人材とはどういうものなのか?」といった事柄について明らかにしていきます。

CXトランスフォーメーションが生まれた背景

 まずは冒頭で触れた、「日本企業にとってDX推進は最優先の経営課題となっている」「日本企業はダイナミックな変革の経験が少ないとされる」という前提が正しいものかどうか、念のため確かめておきましょう。

・変革が苦手な日本企業というのは本当か?
 2022年1月に電通デジタルが発表した「日本企業のデジタルトランスフォーメーション調査2021年版」によると、500名以上の企業の81%がDXに着手している、あるいは構想していると回答したことが分かっています。このことから、日本企業にとっていかにDXの推進が喫緊の課題になっているかが改めて確認できます。

出展:「日本における企業のデジタルトランスフォーメーション調査(2021年度)」(2021年1月11日 電通デジタル発表)
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 しかし、DXプロジェクトを推進する企業から「うまくいっている」という反応が少ないのはなぜでしょうか?

 この疑問を解くため、日本の社会基盤や環境を俯瞰してみましょう。

 社会全般でモノが飽和してコモディティ化しており、以前からある産業が成熟して低成長化している一方、インターネットやスマートフォン、ソーシャルメディアなどが当たり前に身の回りに存在することで、生活者と生産者との情報の非対称性がほとんどなくなっているのは周知の通り。さらに、最近ではコロナ禍の影響もあり、リアルとデジタルが融合したOMO(Online Merges with Offline)と呼ばれる環境も整いつつあります。

 そうした環境の変化によって、企業のこれまでの戦略が生活者であり消費者でもある人々のニーズに合わなくなっており、同時に、D2C(Direct to Consumer)のようにダイレクトに今の生活者とつながるような戦略や、サブスクリプション、カスタマーサクセスといったことを通じて継続的なお客さまとのつながりを目指す「サービスを提供するモデル」への転換が求められるようになりました。

 この変化に合わせるべく、日本企業としては、DXプロジェクトを立ち上げて“ディスラプティブ(破壊的創造)”なビジネスを打つ必要があるわけですが・・・、ここでボトルネックになるのが、精緻化された日本企業の人事制度や組織構造、それにひも付く人材の在り方や業務オペレーションです。

 そもそも社内で過去に例を見ない変革を推進するプロジェクトを担う人材がほとんどいない、あるいは圧倒的に不足しているという状況は、これまでのビジネスが順調だったのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。

 また、特に製造業で培ってきた改善サイクルは、いち早くサービスを立ち上げて改善を繰り返すデジタル領域のビジネスの作法と大きく異なるものです。そのため、変革が「再び会社を興す」くらいの大きなインパクトになると想像されます。

 他方、先進事例として持ち出されることが多い欧米や中国の場合、組織としてのトップダウンの意思決定のもと、強力な実行・推進力によって実現されているケースが多く、ボトムアップ型でコンセンサス重視な日本企業にそのまま持ち込むことはなかなか難しいと日々感じています。

 だからこそ、海外の先進事例から学ぶべき部分は学びつつも、日本型のDXプロジェクトの推進方法を考えなければならない、というのが今回の連載に通底する問題意識なのです。

・日本流のDXを実現するための一つの解が「CXトランスフォーメーション」
 では、日本企業に合ったDX推進とはどのようなものなのでしょうか? 
ここでお示ししたいのが、「CXトランスフォーメーション」という言葉です。

 CXとは、Customer Experienceの略で、「顧客体験(価値)」と訳されます。つまり、「CXトランスフォーメーション」とは、企業の変革の糸口は顧客体験から、という発想に基づいたもので、「生活者や企業を取り巻く環境が大きく変化してきている中、ありふれた商品やサービスでは生活者のニーズに応えられないケースも増えている。だからこそ企業はまずお客さまの体験の変革をしていく必要がある」という現状理解の上に成り立っています。

 もちろん、顧客体験を変革するには、企業側のオペレーションやデータ管理の在り方、接点での体験など、事業運営の変革も欠かせません。そう考えると、「この一連の考え方がDXの本質ではないか?」と、考えられます。

・CXトランスフォーメーションとは何か
 講演などで、「CXトランスフォーメーションとは何か?」と質問された時、私は、「お客さまの体験の変革とそれを下支えする事業運営の変革。この両輪でDXが成り立っていく。お客さまの体験(CX)の変革を起点に企業全体のDXを実現するということを、われわれは『CXトランスフォーメーション』と定義しているが、これが日本企業に求められていると考えている」と、お伝えしています。

 この考えに沿って行う企業内でのDX推進には、既存事業のリデザインや新規事業の立ち上げといったパターンが挙げられます。

 いずれもトップダウンでプロジェクトを立ち上げ、最短距離で推進するのが理想の進め方となりますが、現場主義でコンセンサスを重視する日本企業の場合、「総論賛成、各論反対という話に陥りやすい」ことは想像に難くありません。

 その“壁”を越えるには、「ミドルマネジメント層の活躍が重要」というのが一つの考え方です。

 部長職以上、可能であれば事業部長や執行役員といったミドルマネジメント層のうち、DXを推進したいというアツい想いや実行力を持つ人が、経営層を説得して理解・賛同してもらうと同時に、現場のメンバーに想いを伝えてプロジェクトが動き出すよう鼓舞することは、日本企業のDXプロジェクト推進方法として最適解の一つではないでしょうか?

 そうして、組織内のあるラインで成功事例が生まれれば、説得力を持ってトップダウンの組織変革もしやすくなるはずです。他部署に横展開すれば、また新たな新規事業が生まれる可能性を広げることも考えられます。