三菱総合研究所 サステナビリティ本部環境イノベーショングループ
(左)笹野百花氏 (右)新井理恵氏

近年、SDGsやカーボンニュートラルを契機に、企業には社会課題の解決に向けた取り組みが求められている。そうした中、企業の存続を左右するようになりつつあるのが「サステナビリティ経営」だ。サステナビリティに関する取り組みというと、日本では「対応を迫られているもの」と捉えられがち。しかし、三菱総合研究所 サステナビリティ本部の笹野百花氏と新井理恵氏は「前向きに取り組めば、企業成長や事業継続のメリットを得られる」と語る。お二人から、サステナビリティ経営を実現するために必要なステップを伺った。

サステナビリティの情報開示を義務化する動きも

――サステナビリティ経営をどのような経営手法と捉えていますか。

笹野 環境や社会への「サステナビリティ(持続性)」に配慮することで、事業や企業そのもののサステナビリティの向上も図っていく経営です。この潮流が強まっている背景には、気候変動の深刻化や、国連でのSDGsの採択があります。

――国内企業にもカーボンニュートラルや脱炭素といったサステナビリティの取り組みが求められていますが、どのような出来事が関係しているのでしょうか。

笹野 日本では2020年10月、菅義偉前総理大臣が「カーボンニュートラル宣言」を発したことで社会全体が大きく動き出し、企業の脱炭素への本気度が高まりました。また、金融市場からの要請という観点では、2021年6月に行われた「コーポレートガバナンスコードの改訂」も影響を与えています。改訂により、上場企業がサステナビリティについて基本的な方針を策定し、自社の取り組みを開示することが求められています。特に気候変動に関して、プライム市場上場企業は「気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)」の提言に沿った開示、もしくはそれに準ずる開示をすることが盛り込まれました。これにより、2022年4月に創設されるプライム市場への上場を目指す企業は、実質的にTCFDに準じた開示が必須となったのです。

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――上場を目指すにあたって、サステナビリティへの取り組みは避けられない、ということですね。そもそも、サステナビリティ経営の事業継続においてどのようなメリットがあるのでしょうか。

笹野 メリットは4つあります。1つ目のメリットは、リスクの低減と機会の創出です。世界全体がサステナビリティに向けて取り組みを進めようとしている中で、サステナビリティに全く配慮しないことは事業継続のリスクにつながります。逆に、配慮することが機会の創出にもなります。

 機会創出の事例ですが、防虫剤の技術を持つ住友化学は、世界の社会課題に目を向け、「マラリアの撲滅に自社の技術が使えるのでは」と発想しました。そこで防虫剤を樹脂に練り込んだ蚊帳を開発したところ、WHOに採択され、新たな市場機会を得るに至っています。まさに、社会課題解決がグローバルな事業展開につながった好事例です。

――社会課題の中に、新たなビジネスのヒントがあるのですね。

笹野 はい。ですから、ぜひ本気で社会課題解決に対して自社のリソースが使えないか考えていただきたいですね。

 2つ目のメリットは、ステークホルダーからの評価向上です。まずは投資家。世界の3分の1以上がESG投資とも言われる今、ESGへの配慮は欠かせません。また、消費者や地域も重要なステークホルダーです。特に、海外の消費者は日本の消費者よりも意識が高いケースもあり、グローバルに事業を展開する際には、より一層の留意が必要でしょう。

 3つ目のメリットは、サプライチェーンの関係の維持・向上です。事業のグローバル化が進む中、取引先、調達先などが抱えるサステナビリティの課題に対応することが、自社のサプライチェーンの安定化だけでなく、社会価値の創造にもつながります。

 例えば、加工食品や洗剤に使用されるパーム油においては、生産の過程で森林伐採や労働者の人権問題などが課題視されています。

 こうした背景を踏まえ、ユニリーバは長年パーム油の持続可能な調達に向けて取り組んでいます。同社は、持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)の設立時からのメンバーであり、認証制度づくりに関わりながら優先的にサステナブルな原料を調達できる環境を作り上げ、他社との差別化を図っています。

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――サステナビリティへの配慮が、企業の競争力にもつながるのですね。

笹野 ユニリーバの事例はその代表ですね。そして、4つ目のメリットは優秀な人材確保につながること。自社が社会課題の解決に役立っていると実感することは、従業員の働きがいや帰属意識の向上にもつながります。特に若い世代では、会社選びの条件としてSDGsが重要であると考える層も一定います。志ある優秀な人材の獲得にも寄与するわけです。

サステナビリティ経営に取り組むための「3つのステップ」

――サステナビリティ経営に取り組むための、具体的なステップを教えてください。

笹野 3つのステップに分けてご説明します。第1ステップは、マテリアリティ(重要課題)の特定です。自社にとって重要な社会課題を特定します。社会課題は実に多様ですが、自社の事業やリソースなどを踏まえると、訴求できる課題はある程度絞られてきます。

 第2ステップは、長期ビジョンの策定。特定したマテリアリティを踏まえて、「どのような社会をつくりたいか」「その社会の中で、自社はどのような役割を果たす会社でありたいか」など、ある程度長期的な見通しを持つことが大事です。目標年は、SDGsの目標年が2030年であること、気候変動に関して「2050年にカーボンニュートラルを目指す」動きが拡大していることなどを踏まえ、2030~2050年に設定することが望ましいでしょう。

 第3ステップは、目標の設定と実践です。長期ビジョンを踏まえて、中短期の目標・取り組みをバックキャスティングの思考で具体化します。中期経営計画の期間に合わせて考えることも有用でしょう。

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――ここで設定したサステナビリティの目標と、企業の事業計画はどのように関係してくるのでしょうか。

笹野 私どもとしては、サステナビリティも事業計画の中に織り込むことを推奨しています。中期経営計画にサステナビリティの定性・定量目標を落とし込むことで、現場でもサステナビリティが重視されやすくなると思います。財務目標とサステナビリティ目標を別扱いにしてしまうと、現場での優先順位付けに混乱が生じますし、これまで通り財務目標に目が行きがちになってしまいます。

――企業のサステナビリティの意識浸透はどのように進めるのがよいでしょうか

笹野 サステナビリティの意識改革は、まずはトップダウンで進める必要があります。トップからの承認・評価を得られないものをボトムアップで変えるのは難しいからです。経営陣の社会課題解決に対する意識を高めることが、現場の士気につながります。そのためには、経営陣は社外の方と対話して、自社に対するサステナビリティ要請に真摯に耳を傾け、自社は何ができるのかを真剣に考える必要があります。

――社員への意識浸透に向けた具体的なアクションとして、どのようなものがあるでしょうか。

笹野 社員には研修やディスカッションの機会を設けて、意識の浸透を行ったほうがよいでしょう。そして、ぜひ若手をサステナビリティの取り組みに巻き込んでください。若手の中には、入社時から環境意識が高い層も一定割合いるでしょう。そういう層が20年、30年先の企業を担っていく。彼らをサステナビリティ推進の取り組みに巻き込むことで、会社全体への浸透やより良いビジョンの策定が可能になります。

投資家や取引先にもきめ細やかなコミュニケーションを

――投資家も重要なステークホルダーだと思いますが、どのようなコミュニケーションを取るべきでしょうか。

笹野 投資家への対応は「パッシブな投資をされている方」「アクティブに銘柄を選んで投資する方」で異なります。パッシブ運用の投資家からは、スタンダードな情報開示が求められると思います。特に、昨今のESG投資の最も一般的な手法はネガティブスクリーニング(投資対象が社会や環境に対してネガティブな影響を与えていないかを確認し、該当すれば投資先から除外する方法)です。このような場合、GRIをはじめとするサステナビリティ基準を踏まえてサステナビリティ情報を適切に開示し、そこに大きな問題がなければ投資を受けられるでしょう。

 一方でアクティブ運用の投資家は、日々企業との対話を通じてどこに投資するかを考えています。ですので、対話の場で自社がどのように社会課題の解決に貢献しようとしているか、そのストーリーをきちんと語ることが重要です。

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――他に重視すべきステークホルダーはいますか。

笹野 取引先に自社のサステナビリティへの配慮を伝えることも重要です。例えば、Apple社は「自社だけでなく、サプライチェーンでカーボンニュートラルを目指します」と宣言しています。そうすると、Appleに部品や製品を納品する会社にも、カーボンニュートラルに向けた取り組みが求められます。こうした事例を踏まえると、サプライチェーン上の各社がサステナビリティへの取り組み状況を開示し、互いに理解し合うことの重要性が高まっていると言えます。

――新たな取引先の創出のきっかけにもなりそうですね。

笹野 中小企業においてはサステナビリティへの取り組みはこれからという企業も多いでしょう。その中で、「取り組んでいます」と言えることは強みになります。そういう意味でも、サステナビリティへの取り組みのみならず、その情報開示も重要なアクションです。

社会課題解決のヒントは「目の前のお客様」からも得られる

――まだ取り組めていない会社は、何からすればいいでしょうか。

笹野 サステナビリティへの関心は、一過性のブームではないと考えており、むしろこれからは必然になっていくと思います。ですので、まずは自社にとっての重要課題を考えることから始めていただきたいですね。「社会課題を解決する」と大きく捉えるのではなく、目の前のお客様がさらされている社会環境の変化やお困り事から考えることが、サステナビリティ経営の重要な第一歩となるでしょう。

新井 私が今まで支援してきた企業の中には、経営者の方々が外部の有識者や対面のお客様のさらに先のお客様にあたる方々とも対話することで、深刻な課題や新しい目線に気づき、意識が大きく変わるケースがありました。外部との対話などを通じて、サステナビリティに取り組む必要性や意義を理解することで、もう一歩進められるのではないでしょうか。

――最後にサステナビリティ経営への取り組みを進める企業へ、メッセージをお願いします。

笹野 今回お話ししたように、サステナビリティ経営は、企業成長に資する様々なメリットをもたらしてくれるものです。日本企業においては、サステナビリティは「対応しなければならないもの」との認識がまだ強いですが、欧州では「成長していく手段」という見方をされています。サステナビリティをビジネスチャンスと捉え、ぜひ前向きに取り組んでいただきたいです。

新井 取り組みを進める上では、「なぜ取り組むのか」といった理由付けをトップ層から従業員レベルまで、みんなが納得できる形で取り入れていただきたいですね。そのためには、自社が取り組むことの意義・理由を明確に言語化すること。「やらないと評価されないから」ではなく、「自社にとってどのような意義があるか」を考えて取り組むことが、結果的にその企業にとっての可能性につながります。ぜひそこからスタートしていただきたいです。

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