ビジネス向けソフトウェアの開発を手掛ける大手ソフトウェア企業SAP SE(エス・エー・ピー エスイー)はドイツのワルドルフに本社を構える。グローバル130カ国以上に拠点を置き、世界の顧客数は180カ国42万5000社以上。日本においても3000社以上の顧客を持つ。SAPジャパン株式会社インダストリーバリューアドバイザリー事業本部インダストリープリンシパルの柳浦健一郎氏が、製造業のバリューチェーン改革の勘所を解説する。

※本コンテンツは、2021年11月15日に開催されたJBpress主催「第4回 ものづくりイノベーション」Day2のセッション3「SAPのデジタルサプライチェーンが支える製造業の事業環境変化への対応」の内容を採録したものです。

製造業を取り巻く環境変化

 2003年にSAPジャパンへ入社し、現在はインダストリーバリューアドバイザリー事業本部インダストリープリンシパルを務める柳浦健一郎氏。同氏は約18年間、主に組み立て製造業向けのビジネスを担当してきた。特に「インダストリー4.0」の潮流が巻き起こった2015年以降は、世界各地で最前線の取り組みを見てきた。

 そんな柳浦氏は、世界で起こる製造業の潮流、そして日本の製造業を取り巻く環境変化について、下図にある「多様化する顧客要求」「労働力不足」「循環型経済」の3つに集約できるとする。

 こうした環境変化を踏まえて、柳浦氏は「ダーウィンの進化論」を示してこう語る。

 It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is most adaptable to change.(ダーウィンの進化論より)

「ダーウィンの言う通り、環境変化がある中で生き残るのは『最も強いものでもなければ、賢いものでもなく、変化に適応できるもの』です。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の環境下では特に心に刺さる言葉です。企業の繁栄においても、同じことが当てはまるのではないでしょうか」

製造業はFlexible Manufacturingの時代へ

 製造業のバリューチェーンは、しばしば「スマイルカーブ」に例えられる。

 ①企画・ブランドマーケティング、②設計・試作、③部品、④組立・製造、⑤販売、⑥アフターサービス、⑦関連サービスとある一連のバリューチェーンの中で、1990年代後半から2000年までは、④組立・製造周辺という中流工程に付加価値(高い収益性)が集中する逆スマイルカーブが描かれていた。しかし近年は、グローバル化の波によってそれが逆転。①企画・ブランドマーケティング、⑦関連サービスといった上流工程や下流工程ほど付加価値が高くなり、スマイルカーブを描いている。

「『モノからコトへ』と言われるように、企業のビジネスはSaaSなどのサービス化にシフトし、上流・下流に付加価値が集まっています。製造業はこの変化に追従していかなくてはいけません。さらに、中央部分にある『組立・製造』一つを取ってみても、時代の変化とともに生産方式が移り変わってきています。1700年代、製造業は基本的にManual Production(手作業による一品生産)でしたが、その後は産業革命下で大量生産のうねりが起こりさらに進化しました。今は、大量生産に対応しながら、お客様の要求にカスタマイズで応えるFlexible Manufacturing(フレキシブル生産)が求められるようになりました」

事業環境変化に対応するための企業・人のインテリジェンス化

 では、それらの環境変化を踏まえ、製造業はいかに対応していけばよいのだろうか。柳浦氏は「絶え間ない事業環境の変化に適応するには、企業・人のインテリジェンス化が鍵になる」と提言する。

「1700年代、1800年代、あるいは1900年の前半ごろまで、テクノロジーがあまり進歩していなかったことから、人がたくさんのマニュアルワークを行っていました。そこからFA(factory automation)化、ソフトウエア開発、ロボティクス導入などが進み、繰り返し業務などの大部分が、機械やシステムで代替できるようになりました。その分だけ人はデジタル活用による高付加価値かつインテリジェンスな業務にシフトできるようになりました。テクノロジーをうまく取り入れながら、人の業務をインテリジェンスな面に集中し、事業環境変化に適応していく。それがこれからのビジネスでもキーポイントになるのではないでしょうか」

 しかし、製造業のインテリジェンス化には、次のような課題があるという。

「既存の製造業ではフロントオフィス(マーケティング、販売、サービス&サポート)、サプライチェーン(生産&ロジスティック)、バックオフィス(購買&財務・経理、IT、人事)が会社の核となっていますが、製販の分断、ひいては組織の分断が課題となります。これまでは、部門最適を目指すマネジメントもうまくいっていましたが、ダイナミックに世の中が変わっていく今後は、企業の全体最適に取り組んでいかないと世界と戦えないでしょう。全体最適を目指すには『顧客・市場中心』『モノづくりの再構築』『企業全体プロセスの連携』という3つの視点が重要であり、それを解決するのがSAPソリューションです」

変革の道のりを伴走するSAP

 SAPは「インテリジェントエンタープライズ」を提唱している。これは、従業員がより価値の高い成果に集中できるように人工知能 (AI)、機械学習 (ML)、モノのインターネット (IoT)、アナリティクスなどの最新テクノロジーを活用する企業の在り方を示す。

「ブレーキとアクセルを俊敏に踏み分ける能力差が、企業の競争力の差に直結すると言っても過言ではありません。製造業で成果を上げてきた多くの企業は、設計から保守運用までのプロセスでは設計開発・モノづくり・デリバリー・メンテナンスといった業務がぐるぐると循環しています。これらの企業と差を付けるには、計画の変更があったときに変化を察知し他部門へつないでいくアジリティー(俊敏性)、販売・生産の管理をする側と製造の現場をしっかりとつないでいくプロダクティビティー(生産性)、企業内のみならず企業外にもつなげていくコネクティビティー(接続性)、さらに昨今はサステナビリティー(持続可能性)の観点が大きなポイントとなります。SAPの各種ソリューションは『Design to Operate(設計から運用まで)』の設計テーマのもと、業務プロセスをエンド・ツー・エンド(End-to-End)に、そしてシームレスにつなげます」

 SAPジャパンは2020年9月、企業のインダストリー4.0化戦略の具現化を支援するグローバル組織として「Industry 4.Now HUB TOKYO」を立ち上げた。同組織は、「具体的なショーケースを含むワークショップを通じた企画化支援」「SAP Industry 4.0対応製品の学習機会の提供」「オープンなアライアンスパートナーによる包括的なソリューションの提供」を3軸として、企業のバリューチェーン改革を支援していく。

「支援のシナリオは、ディスクリート産業向けショーケース『Design to Operate(D2O)』とプロセス産業向けショーケース『Design to Consume(D2C)』を軸に展開しています」

 柳浦氏はこれまでの話を、3つの要点に整理した。

「1つ目は環境変化。これからも必ず起こる変化、それに適応する企業が生き残れる時代。労働力不足の現在においては、『サービス化』『フレキシブルな生産へのシフト』『インテリジェンス化』が、競争力強化のポイントになります。2つ目は、製造業のデジタル変革に必要な視点は『顧客中心』『製造の再創造』『全ての業務プロセスの統合』にあるということ。変革を検討する際に考慮すべき点としては、部門間でのデータ、プロセスの分断をデジタルでつなぎ、新たなビジネスプロセスやビジネスモデルを構築することです。最後は、1つ目と2つ目を実現するために変革に伴走するパートナーの存在が不可欠だということです」

 変革の際には、長年の慣習やしがらみの外から考えて動くことが大切だ。社内の検討だけでは一歩踏み出すことが困難なケースが多い。自社の立ち位置を外から理解し、伴走するパートナーと歩みをともにする決断こそが、製造業には求められている。

<PR>