第9回となる今回は、タイの製造拠点における人づくりに関連した「マネジメントの難しさ」について、人の価値観やコミュニケーションの実態を踏まえ、文化に適合するマネジメントのポイントについて説明する。

 タイ製造拠点で意図したマネジメントを実現させるためには、超えなければならない壁が幾つかある。

 最初の壁はコミュニケーションである。現地でコミュニケーションを取る方法は、直接タイ語でやりとりをする、英語を使う、通訳を活用する、などが考えられる。生産に関する専門的なやりとりは、通訳を介することが多いだろう。

 ここでは、通訳を介したコミュニケーションの難しさや価値観の違いを理解することで異文化に適合するマネジメントについて整理してみたい。

通訳を介したコミュニケーションの難しさ

 製造拠点で従業員とコミュニケーションを取るには、言葉の問題は超えなければならない壁である。筆者もタイ語は全く話せないが、そのおかげで通訳との接点が増え、タイ人の気質を学べたことは有益だった。一方で、長年タイに駐在してタイ語で従業員とやりとりできる経営者と接したときは、大変うらやましく思ったものである。

 現地の従業員とタイ語でコミュニケーションを取れることが最善だが、もし話せなくても聞き取りができるだけでも全く違う。なぜなら、通訳を介しているとしても、その内容が正しいのかどうか、結局のところ判断できないからである。

 多くの企業で信頼できる通訳が必要だと感じていることだろう。ただし、仮に信頼できる優秀な通訳がいたとしても、社内の人間なので、上司にはよいことを言いたいし、仲間の悪いことは言いたくない。本当の意味で本音を伝えてくれるかというと微妙なところである。

 ある企業では、通常は社内の通訳を使っているが、重要事項については高い費用を払っても外部の通訳を活用してコミュニケーションを取るようにしている。

 このように通訳の心情も理解した上でコミュニケーションを取るように気を付ける必要がある。個別に話すとき、大勢の中で話すときなど、場合に応じて内容にも気を使いながら通訳をうまく活用することが大切だ。

 また、伝えるべきことをタイ語に翻訳した資料をつくることもよくある。特に日本の現場で使われる言葉は、タイ語で該当するものがない場合があり、翻訳も容易ではない。

 例えば、日本の製造現場では時間を表現する言葉として基準時間、標準時間、実績時間などが、工数を表現するものには就業工数、稼働工数、不稼働工数などがあり、多様な意味・表現がある。

 これらの時間・工数を集計して稼働率や能率を算出して現場の管理に活用するには、まず翻訳者にその意味を理解してもらい、かつタイ語に訳したときに正しい意味になっているかを確認しなければならない(現場管理の専門用語などはタイ語にはないと心得てほしい)。

 確認のために、日本語からタイ語に訳したものを再度、日本語に訳してもらう。労力はかかるが、意味が通じない(理解できていない)部分が判明し、正しい翻訳に修正することができる。