立教大学ビジネススクール 教授 田中道昭氏

新型コロナウイルスの感染拡大が突然起こったように、今の世の中にはこれまでの激しい変化に加え、非連続の環境変化も訪れるようになっている。そうした先の読めない時代に日本の社会や企業はどう立ち向かえばよいのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授に解説してもらった。

2025年はコロナのシナリオで左右される

――産業界の未来を研究されている立場から、コロナウイルスの影響をどう見ていますか。

田中道昭氏(以下、田中氏) まず大局的なところからお話しすると、コロナによって明確になったことは、その前、つまりビフォーコロナに起きていた本質的な変化は、そのまま変わらないと言えます。そしてむしろ、その全ての変化は、コロナによってさらに加速していくということです。

 私は今年5月に『2025年のデジタル資本主義』という書籍を発行しました。この本は米国のGAFAや中国BATHなどの動向をまとめながら、今からおよそ4年後の社会のデジタル化と勝ち残る企業の条件を予測する内容です。

 およそ8割を書いたところで、コロナの感染が深刻化し、最後にコロナに関する話を1章追加することにしました。ですが、既に書いていた部分は、全く変えずに出しました。というより、変える必要がないと判断しました。デジタル変革の本質は、コロナが来る前と全く変わっていないからです。

 重要なのは、コロナの前に起きていた変化が、コロナによって加速するということです。多くの企業が強制的にテレワークに踏み切り、業務のペーパーレス化、脱はんこなどプロセスの変革も進みました。また医療や学校の授業、行政手続きのオンライン化も、問題を含みながらも進められてきました。さらに、高齢者のネットショッピングが拡大するなど、それまで普及させるのが困難だった層にもデジタルの利用が拡大しました。この変化は逆戻りすることはありません。

――コロナの影響が長引けば、企業の戦略にも影響が出るでしょうか。

田中氏 もちろん影響は出ます。ですが、この先、コロナがどうなるのかということは、誰にも分かりません。そのため「シナリオプランニング」という考え方が重要になります。

 私が見る限り、日本企業の中期経営計画では、単一のシナリオから計画を策定することがほとんどです。ですが、これだけ変化が激しい時代、また非連続の環境変化がすぐに訪れる時代です。近未来の社会を予測する際に単一シナリオから導かれる特定の未来を前提にするのは、リスクが高過ぎます。

 そこで複数のシナリオを作り、それぞれに対してどう対処するかを検討しておくことが必要です。スマートフォン時代に乗り遅れ、経営危機に陥ったノキアを復活させた現会長は、シナリオプランニングによって重要なことを見落とさずに、どのシナリオになっても準備しておくことが重要だと話しています。そのことは、このコロナで一層明確になりました。

 シナリオプランニングでは、3つから5つのシナリオを想定し、それぞれのシナリオを分析して、どう対処すべきかをあらかじめ想定しておきます。例えば、コロナの今後についてシナリオを考えてみると、図の縦軸にワクチン開発、横軸は第2波の有無を設定します。ここでいう第2波は、今年の秋から冬にかけて感染状況がどうなるかを想定しています。この図では、3×3で9つのケースが考えられますが、シンプルにベースケース、ベストケース、ワーストケースの3つに分類しています。

 まず、ワクチンが今後1年未満に完成し、配布が開始されるとともに、第2波が到来しなかったというのがベストケースです。この場合は早期の経済回復が期待できます。私は、今のところ、国民に必要以上の不安感を与えないことを目的として、日本も米国もこのベストケースに乗っているとみています。

 ただ、実際にそうなるかはまだ分かりません。ワクチン開発がつまずき、第2波が来ると同時に自然災害が起きて複合災害に見舞われるようなことになれば、ワーストケースに陥る可能性もあるのです。

 この場合、事業環境は相当シビアなことになり、企業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)は破壊的に進むことになると思います。どういうことかというと、スマートフォンの感染確認アプリがありますが、日本では任意の利用となっています。これが、ワーストシナリオ下では法律で強制的に利用することが求められるようになるなど、デジタル化も破壊的に進化せざるを得なくなり、社会も大きく変わると想定されます。

 ワクチンと第2波という事象だけでも、これだけのシナリオがあり得ます。ここで重要なことは、ベストのケースでもニューノーマルに収束するには1年、ワーストケースでは3年以上かかるということです。そういう前提で2025年を予測したときに、コロナのシナリオがどうなるのかは、極めて大きなウエートを占めることになります。

――現状、経済活動が再開しつつあるように感じますが、このままのペースでは進まない場合も想定しなければいけないということでしょうか。

田中氏 そうです。未来は不確実です。私が危惧しているのは、今現在、コロナがこのまま収束していくという希望的なイメージを少なからずの経営者が持っていらっしゃるということです。その思い込みは危険です。どうなるか分からないからこそ、複数のシナリオを描いておくこと、そして最悪のシナリオから目を背けず、リスクマネジメントしておくことが重要です。

 実際、私が知るシナリオプランニングを実行している企業では、コロナの拡大時に手元資金を厚くするなどの対応をとりました。状況に応じてすぐに動けるように準備をすることができていたと思います。コロナに限らず、このところ「10年に一度」と言われるような自然災害が毎年のように起きていて、先の読めないことが実感として分かってきているのだと思います。そのため、シナリオプランニングを取り入れる企業が増えているのです。