有限責任あずさ監査法人 企業成長支援本部/IPOサポート室長 ディレクター 鈴木智博氏

 活況を見せるスタートアップ企業と大企業によるオープンイノベーション。その中では、コンサルティングファームや監査法人も重要なプレーヤーとなっている。ビッグ4(世界4大会計事務所)の一つ、KPMGも同様だ。KPMGジャパンのメンバーファームであるあずさ監査法人で、成長を目指すスタートアップに寄り添う企業成長支援本部/IPOサポート室長の鈴木智博氏に話を聞いた。

イノベーションをめぐる実情とスタートアップに求められる姿勢

 あずさ監査法人の企業成長支援本部は、株式公開(IPO)を目指すベンチャー企業および中堅企業への支援をミッションとする部門だ。全国で250名ものメンバーを擁することを見ても、その注力ぶりがうかがえる。多数の企業の経営課題と向き合い、監査法人としてアドバイザリーを行うだけでなく、状況に応じオールKPMGで問題解決に当たっている。この企業成長支援本部でIPOサポート室長を務めるディレクターの鈴木智博氏は、その活動についてこう語る。

「IPOサポート室は、未上場のスタートアップ企業や中堅企業に向け、会計監査の見地からサポートを行い、上場後をも見越した収益計画の作成などの助言を行っています。収益計画をしっかりと築き上げることで経営そのものが洗練され、その結果、資金調達がスムーズになり、有能な人材の獲得にもつながります。私たちはあくまでも監査の立場からのアドバイザリーしかできませんが、成長に貢献していきたい思いで業務に当たっています」

 こうしたミッションに長年携わり、多くの企業と向き合ってきた鈴木氏。昨今のスタートアップ企業、また、大企業とスタートアップ企業によるオープンイノベーションの急速な盛り上がりをどう見ているのだろうか。

「スタートアップ企業の側が『どの大企業と組むのが自社の成長にとって最適なのか』をしっかりと見極める。それこそが最重要だと私は考えています」

 鈴木氏によれば、リーマンショックをきっかけに企業は経営の効率化を進め、多くが自社による研究開発をやめた。そうした企業が、新たな成長機会をベンチャー企業など、社外に求め始めたのが、今日のオープンイノベーションの下地なっているという。大企業側が最適なパートナー企業を模索する姿勢は、M&Aやジョイントベンチャーを誘発し、昨今では、CVCファンド設立などによる投資の増加にもつながっている。鈴木氏もその動向には注目しているが、本当の意味での成功事例はなかなか生まれていないと見る。

「大企業が会社を買収すると、多くの場合『キーマン条項』への同意を求めます。買われた側がこの条項に同意すると、ロックアップといってキーマン(多くの場合、買われた会社の経営者)が、2〜3年など一定期間は辞めることができないという規定が発効します。これは買われた会社のキーマンによる売り逃げ行為を防ぐ意味もあるのですが、多くのベンチャー企業の成長の源泉は創業者の力量による部分が大きいため、その大切なキーマンに一定期間は責任を持って事業に関わり続けてもらうためのものです。両社の連携が機能して素晴らしい方向に進んでいるのなら、仮にロックアップの期間が過ぎても、キーマンは残り、場合によっては買った側の組織の中で、重要なポストを担ったりしてもいいはずなのですが、多くの場合そうはなりません。むしろロックアップ終了と同時にベンチャー企業を率いていたキーマンは辞めているのが実情です」

 キーマンが抜けた後も、大企業が手に入れた技術や知見を生かしてイノベーションを実現するケースもなくはない。また、鈴木氏が言うように「買われた先で要職に就く」ケースもあるというが、きわめてレアだ。

「だからこそ、スタートアップ企業の側が、自分たちにとってふさわしい共創パートナーを見つけていくことが肝要なのです」と核心を突く。

 鈴木氏はまた、大企業でオープンイノベーションを担っている部門が、社内で主流派ではない場合も多く、投資や買収を申し出る大企業サイドに潜む心情をこう読む。

「オープンイノベーション部門が非主流の可能性がある中で、ベンチャー企業側は不都合を感じる局面も出てきます。買収されるとなれば、キーマンである経営者はもちろん、従業員のモチベーションにも影響しかねません。ただ、企業側が一部門としての取り組みではなく、全社を挙げてイノベーションを目指すというのであれば話は大きく異なります。組む相手がどういう姿勢で取り組んでいるのかを見極めなければなりません」

 実際に鈴木氏は、スタートアップ企業に対して「資金に困っているタイミングだったから」「最初に声を掛けてくれた会社だから」というような理由で、連携する大企業を選ぶべきではない、とアドバイスしている。

 大切なのは、もちろんビジネスとしてシナジーを生み出せるかどうかだが、それとは別に、大企業側の本気度を探るべきというのだ。過去にベンチャーとの連携で成功事例を持っているか、オープンイノベーションを率いる担当者や部門がどれだけ経営の中枢と密につながっているか。スタートアップ企業側は、そんなスコープをしっかり持つべき、だとする。

 後編では日本固有のIPO事情の功罪と、そこでスタートアップ企業が成功するための心得について語ってもらう。