パプア地方での通信遮断について、裁判所はジョコ・ウィドド大統領や情報通信省が法律に違反したとの判断を下した。写真は3月13日、スカルノ・ハッタ国際空港で体温チェックを受けるジョコ・ウィドド大統領(写真:Abaca/アフロ)

(PanAsiaNews:大塚智彦)

 インドネシアの裁判所で注目すべき判決が下された。

 インドネシアのジャカルタ行政裁判所は6月3日、2019年8月17日に発生したパプア人への差別事件から全国に拡大した抗議運動への対策として政府が当時パプア地方で実施した「携帯電話やインターネットなどの通信遮断」に関してジョコ・ウィドド大統領と管轄の情報通信省が法律に違反したとする判断を下した。

 この裁判は「独立ジャーナリスト同盟(AJI)」や「東南アジア表現の自由ネットトワーク」、さらに「インドネシア法律扶助協会(YLBHI)」などが、今年1月にジョコ・ウィドド大統領と通信情報省を相手取って「通信遮断の違法性」を訴えて裁判を求めていたもの。同裁判所での審理の結果、「緊急事態の宣言のない通信遮断は権限、内容、手続きにおいて問題がある」との画期的な判断を下した。

 政府や治安当局に対して不利な判断を下すことが稀とされるインドネシの裁判としては異例ともいえる判断だ。

 さらにいえば、「多様性の中の統一」を国是として掲げながらも世界第4位の人口の約88%と圧倒的多数を占めるイスラム教徒、約40%のジャワ人中心の社会経済構造の中、わずか1.2%のパプア人に「有利な判断」が示されたことも珍しい。

インドネシア社会のパンドラの箱”パプア”

 米国では、警察官に拘束後頸部を圧迫されて黒人が死亡した事件をきっかけとし、「黒人差別問題」が改めてクローズアップされ、大規模な抗議、デモが起きている。その一部が暴徒化し、トランプ大統領が軍の出動や武器使用による強硬手段での沈静に乗り出す事態となっているのはご存じの通り。

 こうした米国の動きを見つめるインドネシアの人々の心の中には、自らが抱える別の人種問題が渦巻いている。それはパプア人に対する根絶できない深刻な「民族差別」であり、その差別は触れることが憚れる「禁忌」でもあるのだ。

 インドネシアの東端、ニューギニア島の西半分を占めるのがパプア州と西パプア州というパプア人住民が多数を占めるパプア地方である。

 多民族国家であるインドネシアでは、政治・経済・社会のあらゆる場面で「民族」「宗教」「人種」「階層」の対立、衝突を煽ることはタブーとされている。中でもパプア人問題は、パプア人という民族でメラネシア系の人種、さらにキリスト教徒でもあるという、いずれもインドネシアにおける少数派であることから、ともすれば差別の対象にされやすいのだが、時にそれが猛烈な反発を招くことになる。それだけに非常にセンシティブな問題で、その扱い・対応には相当神経を使うことが求められる。

(参考記事)インドネシアでタブーを犯した記者逮捕、その裏に何が
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60629

 歴史的にはオランダの植民地時代を経て、1961年にいったんは独立を宣言するも、直後にインドネシア軍が侵攻、占領、そして住民投票を経てインドネシアへの併合が決まったのがパプア地方である。

 もっとも独立を問う住民投票は約1000人のパプア人によるインドネシアの強権監視下での実施といわれ、「パプア人の総意を反映していない」として独立を求める武装組織による抵抗運動が、現在も続いている。