文=中野香織

5月22日に、ジョルジオ・アルマーニ氏がミラノで掲出したビルボード広告。「安全な場所にもどってほしい」と、イタリアで苦闘する全看護師にメッセージを捧げている
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コレクションサイクルを絞り、モードの感動を取り戻せ

 ファッション産業が石油産業に次いで地球環境を汚染しているという問題は、かねてより指摘されていた。それに対して、モード界のリーダーが対策を講じていないわけではなかった。たとえば、モード大国のフランスでは、ケリングの会長であるフランソワ=アンリ・ピノー氏がリーダーシップをとって、2019年8月に「ファッション協定」を結んでいた。フランスのファッションおよびテキスタイル関連会社32社が、気候・生物多様性・海洋について協力して実践的な目標を達成しようという協定である。

 とはいえ、その後、なにかの目標が達成されたというニュースは報じられていないように思う。目標の達成のためには、これまで続いてきた習慣を根底から変えねばならないのだが、途切れなく進んできたスケジュールのなかでそのような決断をするには、大きなきっかけが必要なのである。幸か不幸か、今回のコロナ禍がそのきっかけを提供している。

 持続不可能になりかけていたモード界の慣習のひとつに、コレクション発表のサイクルがあった。

 1月に半年後の秋冬メンズおよびオートクチュール、2~3月に半年後の秋冬コレクション、5~6月に9か月後のプレスプリングまたはクルーズコレクション、6~7月に半年後のメンズおよびオートクチュール、9~10月に半年後の春夏コレクション、12月~1月に9か月後のプレフォールコレクション。このほかにメティエダールコレクションというさらなるコレクションやカプセルコレクションなる限定コレクションを追加するブランドもある。

 これだけひっきりなしにコレクション発表が行われるようになったのは、21世紀に入り、資本家がモードのプレイヤーとして強い影響力を持ち始めてからである。彼らは大量の資本を投下し、大がかりなショーをおこない、派手なプロモーションを行うようになった。

 大勢のジャーナリストやバイヤーはそのスケジュールに合わせて長旅をして各地を訪れ、ショーのあとのパーティーに出席し、写真を撮り撮られ、SNSを賑わせる。

 消費者目線でいえば、年がら年中、ファッショニスタ集団が都市間を移動することによってCO2を無駄に排出しているようにしか見えず、あまりにも続々と「新作」が発表されるものだから、もはや「新しさ」そのものに興味を失っていた。季節感も失われた。シーズンレスといえば聞こえはいいが、季節のメリハリなく多くのコレクションが混在していたという印象である。デザイナーも、エネルギー充電をする間もなく次の作品を生み出さねばならないプレッシャーを抱え、疲弊しているように見えた。

 

モードの「不可解な商習慣」

 いったい誰がこんなにたくさんの種類の「新作」を必要とするのだろうか? おそらく地球上に3桁くらい存在する超富裕層の顧客なのだろう。それにしても毎回、巨額を投じたショーとそこに参加するジャーナリストや奇抜な装いのインスタグラマーが一大スペクタクルとしてニュースになり、それが「ブランドの世界観」のPR効果を発揮すると言われても、すでに情報も商品も飽和状態、PRとしても逆効果としか見えなくなっていた。

 店舗へ行けば行ったで、6月末にはすでに春夏のセールが始まり、サマードレスを買い足したい8月にはコートが並んでいる。12月末にはもう秋冬のセールがはじまり、コートをもう一着買いたい2月には水着のような服が並んでいたりする。実需要が本格的に訪れる前にセールが行われるという不可解な商習慣が横行し、価格への信頼も失われかけていた。

 コロナ禍は、このような負のサイクルを一旦停止させた。モード界のプレイヤーたちも、このサイクルには疑問をもっていたようで、休止を余儀なくされたこの期間に、多くのデザイナーや経営者が声を上げ始めた。