東日本大震災が発生した今年、全国で開催されるお祭りは特別なものとなることでしょう。

 毎年8月9日から12日までの4日間、夏真っ盛りの高知では「よさこい祭り」が行われます。

 よさこい祭りは、もともと第2次世界大戦後の不況を吹き飛ばそうと、高知市の商工会議所が企画したのが始まりでした。1953年のことです。

 この時、企画に携わったメンバーは「隣の徳島県で行われている阿波踊りに負けないお祭りにしよう」と考えました。そこで、まずは踊りの振り付けを日本舞踊のお師匠さんに依頼。また、踊りのための作詞と作曲を、高知市に在住していた作曲家の武政英策氏に依頼しました。

2011年の「第58回よさこい祭り」のポスター(作成は高知商工会議所)

 そこで、武政氏が作った曲が「よさこい鳴子踊り」です。武政氏は、「隣の阿波踊りの素手に対抗して、こちらは鳴子を使おう」というアイデアも出しました。そのアイデアが取り入れられて、鳴子がよさこい踊りの基本アイテムの1つになっています。

 第1回よさこい祭りは、54年8月に開催されました。当時のよさこい祭りは、伝統的な盆踊り風だったようです。

 その後、よさこい祭りは毎年開催されていきますが、70年代に入ってから雰囲気が変わり始めました。サンバ調やロック調に曲をアレンジして踊るチームが出現したのです。新しいよさこい祭りの形態はあっという間に広がり、祭りのバリエーションを広げていきました。

 そもそも、よさこい祭りの生みの親の1人である武政英策氏は、「よさこい鳴子踊り」の使用を制限せず、誰にでも自由に演奏することを許しました。そのおかげで、いろいろな人が曲を好きなようにアレンジして演奏することができました。そして、踊り子はそれに合わせて振り付けを考え、衣装を工夫しました。

 「よさこい鳴子踊り」には、最初から今のよさこい祭りにつながる要素が込められていたのです。