(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 NHKと政治のきしみが目立っている。NHK経営陣の念願だったインターネット常時同時配信が今年(2019年)やっと認められ、来年3月スタートの予定だったが、土壇場で高市早苗総務相が待ったをかけた。ネット配信の予算を削減しろというのだ。

 これに対してNHKの上田良一会長は同時配信の予算を圧縮するなどの対応策を出したが、退陣することになった。次期会長には前田晃伸氏(みずほフィナンシャルグループ元社長)が決まったが、彼も記者会見で「突然の指名に驚いている」と話す異例の人事である。NHKに何が起こっているのだろうか。

政治的圧力に弱い経営体質

 高市総務相が求めていたのは、NHKがネット配信の予算を受信料収入の2.5%以内にするという「インターネット活用業務実施基準」とは別に東京オリンピック関連業務の経費を計上していたのを、オリンピックを含めて2.5%にしろというものだ。

 しかし2.5%という数字はNHKが自分で決めたルールであって、法律でも政令でもない。その枠外でオリンピック中継をやるのも、経営陣の裁量である。高市総務相の要求には法的根拠がない。

 それに対して上田会長は同時配信の予算について「予算執行上の一定の配慮」をすると約束したが、具体的な数字は出さなかった。続投するとみられていた上田氏が急に退陣することになったのは、政治的な圧力による更迭という見方もある。

 こういう騒ぎは、NHKの会長人事では珍しくない。人事権を内閣に握られ、予算を国会に承認してもらう受信料制度は、政治のおもちゃにされやすいのだ。歴代の会長でも小野吉郎、池田芳蔵、島桂次、海老沢勝二がスキャンダルや失言で辞任した。

 特に安倍政権になってからは、政権との距離が問題になっている。経営委員にも安倍首相の「お友達」が送り込まれ、籾井勝人会長の資質にも疑問があった。それに比べると上田会長の評判はよかったが、ネット同時配信問題では民放連(日本民間放送連盟)と対立した。

 これはよくわからない問題である。NHKのネット同時配信で、誰が困るのだろうか。それが視聴者でないことは明らかだ。今回の同時配信では、追加的な受信料を取らない。民放連は「民業圧迫だ」と反対しているが、民放もネット同時配信して競争すればいいのだ。

 ところが民放が運営しているTVerというネット配信サイトは同時配信ではなく、放送から1週間以上たった番組に限定されている。NHKのネット同時配信で圧迫される民業は存在しないのだ。