農業とAIの間をつなぐのに必要なものは。

(篠原 信:農業研究者)

 もう5年ほど前になるだろうか。「水耕栽培で人工知能を用いて、生産を最大化し、病気を予防する技術を作りたい」として、相談にみえた企業があった。話によると、水耕液に電極を突っ込んでデータを大量に集積し、それを人工知能に学ばせて、肥料を与えるタイミングや量を最適化し、病気を予防し、生産量を向上させる技術開発を実現したいのだという。

 私はひとしきり話を聞いたあと、「難しいでしょう」と答えた。すると相手研究者は、私が人工知能のことをあまり詳しく知らないのだと思って、「最近、ディープラーニング、つまり深層学習というのが誕生しまして・・・」と解説してくれた。それも一通り伺った後、私は次のように答えた。

「やはり、難しいと思います。たぶん、大事なことをご存じないのだと思います。
 農業現場で使えるセンサーは、事実上、pHメーター(酸性かアルカリ性かを測定する機械)とECメーター(水に溶けている養分の量(濃度)を測定する機械)の2つしかありません。その他のセンサーは、サンプルを研究室に持ち帰って、液体を加えるだの、ろ過するだの、面倒な処理をしてからしか測定できないものばかりです。
 そしてpHメーターは、プラスのイオン(陽イオン)とマイナスのイオン(陰イオン)のどっちの肥料成分の方が多いかしか分かりません。ECメーターは、その両方のイオンの総量しか分かりません。たった2つしかないデータからは、いくら最新の深層学習をさせても、お望みの結果は出しにくいと思います。
 たとえて言うなら、肝臓の調子が良いか悪いか調べるために、足の大きさを調べているようなものです。いくらたくさんのデータを取っても、足の大きさの変化から肝臓の調子を知ることは難しいでしょう。肝臓の調子を知るには、ガンマなんちゃら(γGTP)とやらの数値を調べるとよいそうですけれど、この数値を知るには、血液を採取して、赤血球とかを除去して、その成分だけを分析できるようにいくつもの工程を経なければなりません。
 人工知能を正しく利用するには、植物の元気さと確実に連動した数値(パラメーター)を取る必要がありますが、これが何かも、現時点では不明です。人間には体温計があり、37℃を超えるとどこか体調が悪い、ということを敏感に察知できますが、植物には体温計にあたるものがなく、いまだにどの数値(パラメーター)を調べれば植物の元気さを評価できるのか、分かっていません。
 植物の生育と連動するデータはどれなのか不明、pHとEC以外のデータを取得するのはとても面倒、pHやECはおそらく『肝臓にとっての足の大きさ』みたいなデータ、といった現状では、いかに人工知能といえど、その強みを発揮するのは容易ではないと思います」

 そのように、たとえ話を加えながら説明すると、納得いただけたようだった。