「死の谷」とは何だったのだろうか。

 大企業の安全神話が崩れ、ベンチャー企業の存在感が増していく中、ベンチャー業界を取り巻くさまざまな論説が流れている。だが、当のベンチャー企業側は、その現状と行く末をどのように捉えているのだろうか。戦略コンサルタントを経てバイオベンチャーを創業した、ちとせグループCEOの藤田朋宏氏が、ベンチャー企業の視点から日本の置かれた現状を語っていく。(JBpress)

ベンチャー業界を語る視点

 毎年、クリスマスシーズンにFacebookを眺めていると、ベンチャーキャピタルを生業にする人たちが同業者同士で集まって著名な銘柄のワインを乾杯して楽しそうにしている写真と、リスクを顧みずベンチャー企業に飛び込んだ人達がクリスマスの夜も仲間たちと狭い部屋で徹夜で開発を続けながらささやかなお祝いをして楽しそうにしている写真が、私のFacebookの上で交互に並ぶ。

 クリスマスに何をしているのが楽しいと感じるのかの価値観だけをとっても、こんなに多様な価値観の人間が、さまざまな立場で参加していることが、現在のベンチャー業界の深みであり、本質的な強さの源泉になると私は考える。

 そんな価値観の深みを既に持っている業界であるにもかかわらず、マスコミなどを通じて行われるベンチャー業界に関する議論のほとんどが、ベンチャーキャピタリストという極めて限定的な立場の人達の価値観と視点が全てかのように語られている。時には、ベンチャーキャピタルの立場を守ることを目的とした日本のベンチャー業界のあり方の議論が、国の政策決定の前提にされているようにも感じる。

 私は、30代前半に日本のバイオベンチャーの業界の隅っこで、ベンチャー企業をこっそり旗揚げしてから、かれこれ15年ほど紆余曲折ありながらもなんとか生きながらえてきたというベンチャー経営者の端くれである。私自身は、私自身の尺度で私自身が正しいと思うことやりたいと思うことを、大切な仲間たちと前向きにやれている実感が日々持てていれば、自分の人生としてそれで良いと思うタイプの頑固な人間だ。つまり、そんな頑固な性格であることが災いして、世の中一般的な尺度での成功者には決してなれないタイプの不器用な人間である。

 そんな不器用な価値観で、人々の欲望と悪意が濃密に交錯する場に身を置き続ける経験を重ねてきた私の目から見て、「現在の日本のベンチャー業界が当たり前に受け入れている前提について、本当に当たり前のように受け入れて良いのだろうか」と、この場を借りて問題提起することで、さまざまな価値観と視点から同じ業界を語ることの必要性を、どこかの誰かに感じてもらえれば幸いである。