「定年を69歳に引き上げ」、ドイツ連銀の提言で大論争に

ドイツの首都ベルリンで、ドイツ金属産業労組(IGメタル)が行った年金支給開始年齢の引き上げに反対するデモで掲げられたプラカード〔AFPBB News

前回、AIやIoTに関連して介護の話題を記したところ、ビジネス関連以上にケアに関してリアクションをいただきました。

 そこで、高齢者の介護、ないし高齢化社会の産業について、いくつか記してみたいと思います。

 大所高所からものを言うというより、まずは一個人として体験した介護の現実に即して、やや古い事例になってしまいますが、ケースを記してみたいと思います。

 念のため広島国際大学総合リハビリテーション学部の石原茂和先生など専門家にお尋ねしてみたのですが、以下に記す2002~2003年の状況、基本的には2017年でも大きく変わってはおらず、高齢者比率の上昇でむしろ悪化している側面もある可能性も懸念されるようでした。

1つのケース・スタディ

 私が親の「介護」をしていたのは、大きく見れば2000年頃からですが、初めマダラボケが始まって手に負えず、困っていた時期が正直一番往生しました。

 当時まだ介護保険やその利用の仕方が分からず、親ですからこちらは相手が正気と思います。理非に合わないことを言われれば、家族ですから口論にもなり、腹も立ちます。

 そうしたもろもろを専門家に相談して、介護保険を適用してもらってから亡くなるまでの2002年10月から2004年2月まで、正味16カ月ほどが「介護」だったかと問われると、いや、その前の方がよほど大変だった、という気もします。

 この介護保険適用の短い期間にも、2002年12月には肺炎で死にかけて1カ月入院、退院してしばらくすると、今度は2月に脳梗塞で3週間入院、どちらも、家族である私が医師の同僚と携帯電話で相談しながら逐一判断、ケアしました。

 肺炎は何とか乗り切り、右半身が利かなくなりかかった脳梗塞も、即日のベッドサイドリハビリに機器を持ち込んで私自身も当たることで、3週間ほどで8割方回復させてやることができました。

 しかし、最後は、1人で何とか間に合っていた自宅で、突然死の形で終わりました。