タバコは死ぬまでやめられない?(写真はイメージ)

 早いもので、今年ももう残りわずか。

 年が変わる節目に向けて、「来年こそ○○を!」などと、新たな決意を固めつつある読者も多いだろう。

「○○」に入りそうなものの1つが、「禁煙」だ。

 私は実は、2016年6月まで喫煙者だった。だが6月16日を最後に、1本も吸っていない。最近は「吸わない人」としての生活にもかなり慣れ、飲食店に入るときの「禁煙席で」というセリフも、滑らかに言えるようになってきた。

 過去にも幾度となく禁煙をしてきたが、今回は初めて「禁煙外来」なるもののお世話になった。ここで経験したことが、今後、禁煙を目指す方のお役に立てばと考え、その体験をレポートすることにした。

 禁煙外来は、禁煙をサポートする強力なシステムである。だが、決して万能ではない。私の実感では、ある面ではとても大きな助けになったが、それゆえに、このシステムではカバーできない“難敵”の存在もはっきりと浮かび上がった。そのあたりを事前に認識しておくことが、成否のカギを握るように思う。

タバコを吸うことが「不自由」な世の中

 まず、禁煙を思い立った動機に触れておく。

 タバコを吸う人なら誰しも実感していると思うが、近年は、喫煙者に対する社会的な風当たりが非常に強い。私は主に東京都内で生活しているが、家の外に出ると、喫煙可能な場所はかなり限定される。それはもはや、日常的な範囲でも、「ちょっと一服」といって喫煙所を探す行為が、生活行動の妨げと感じるほどだ。

 あまりに不自由なので、「いっそやめた方がラクかも」と思うようになった。これが、最大の動機だ。