(英フィナンシャル・タイムズ紙 2023年5月3日付)

ルパート・マードックと息子のラクランが支配する企業FOXは先月、投票集計システム会社ドミニオン・ボーティング・システムズに7億8750万ドル支払って和解することに同意した。
ドミニオンはFOXに名誉を傷つけられたとして16億ドルの損賠賠償を求めていた。
ドミニオンの弁護士ジャスティン・ネルソンはこの和解を受け、「真実が重要である」こと、そして「嘘には結果が伴う」ことが示されたと述べた。
この指摘は正しいが、それには「ある程度でしかないが」というただし書きがつく。
訴訟で明らかになったビジネスモデル
FOXの幹部らとスター出演者らの会話から驚くほど詳しく明らかになった同社のビジネスモデルは、視聴者がわっと飛びつく話題を提供することが柱だった。
そこに虚偽が紛れ込んでいてもお構いなしだ。
ルディ・ジュリアーニ(2020年米大統領選挙についての嘘を最も熱心に広めた人物の一人)を出演させないようFOXニュースの幹部に命じることはできなかったのかと問われた時、ルパート・マードックは「できないことはなかったが、しなかった」と答えた。
彼の不作為がすべてを明らかにしていた。
故ダニエル・パトリック・モイニハン上院議員が言ったように、「自分の意見を持つことは認められる。だが、自分固有の事実を持つことは認められない」。
事実には、議論の余地が残ることもある。だが、このケースのように、虚偽には議論の余地などないことが極めて多い。
「オルタナティブ・ファクト(代替的事実)」などというものは存在しない。ただ「嘘」があるだけだ。
ハンナ・アーレントは『Truth and Politics(真理と政治)』と題した論考で、第1次世界大戦末期にフランスの指導者だったジョルジュ・クレマンソーの逸話を引いている。
戦争が起きた責任は誰にあるのかと問われたクレマンソーはこう答えた。
「分からない。ただ、ベルギーがドイツに侵攻したなどと彼ら(未来の歴史家)が言わないことは確かだ」
ドナルド・トランプは2020年の大統領選挙に勝利しなかった。選挙で不正があったというトランプの主張は嘘だ。