(英フィナンシャル・タイムズ紙 2022年12月8・9日付)

サッカー・ワールドカップ・カタール大会準決勝、アルゼンチン対クロアチアは3対0でアルゼンチンが勝利。クロアチアのルカ・モドリッチ選手とハグするアルゼンチンのリオネル・メッシ選手(12月13日、写真:ロイター/アフロ)

 筆者は何年もナショナリズム(国家主義)の台頭について書いてきた。

 トランプ、ブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)、プーチン、ボルソナロその他諸々は、「エリート」だけがまだ気に入っているグローバル化に対する反発だとされてきた。

 そこへ今回のサッカーワールドカップ(W杯)があり、誰もが文明の衝突に飛びついた。

 西側の人間はカタールの移民労働者と性的少数派LGBT+の扱いに反対した。

 アラブ人は我々を偽善的な人種差別主義者と呼んだ。我々は「ワン・ラブ」と書かれたアームバンドをつけたかった。

 一部のアラブ人ファンは「フリー・パレスチナ」と書かれたアームバンドを着用した。要するに、ナショナリズムと憎悪と無理解が至るところに渦巻いた。

文明は衝突しなかった

 こうした事情のために、実際にW杯のこの大会にいると当惑を覚える。

 筆者はドーハ周辺や各地のスタジアムで1日16時間すごし、異なる世界を目の当たりにしている。大まかに言えば、様々な文明は何の問題もなくうまくやっている。

 W杯はナショナリズムよりもコスモポリタニズム(世界主義)の祭典だ。

 信じ難いほど陳腐だが、正しいのかもしれない国際サッカー連盟(FIFA)のスローガンを引用するなら、「サッカーは世界をつなぐ」。

 ここにいる大半のファンは、中東ドバイから南アフリカのダーバンまで世界各地から集まった裕福なサッカー観光客で、往々にして複数のチームを応援している。

 だが、ひたすら自国チームだけを応援する少数派の間でさえ、礼譲が保たれている。