中間選挙で人工妊娠中絶問題の寝た子を起こしてしまったトランプ前大統領(写真:AP/アフロ)

 11月の米中間選挙では民主党が大方の予想を裏切り善戦した。これにはバイデン大統領も驚きの表情を隠せなかった。選挙の前に、共和党側はインフレに対するバイデンの経済政策が不十分だと批判を繰り返していたが、大きな争点とはならなかった。

 人工妊娠中絶を巡るトランプ政権時代への怒りも含めて文化戦争を優先するエモーショナルな今日のアメリカは、もはや目の前の経済指標には左右されなくなっている。果たして、これは喜ばしいことなのか。『キャンセルカルチャー アメリカ、貶めあう社会』(小学館)を上梓した上智大学総合グローバル学部教授、前嶋和弘氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──「キャンセルカルチャー」という言葉の意味について教えてください。

前嶋和弘氏(以下、前嶋):キャンセルカルチャーとは、70年代から黒人文化の中で使われてきた言葉です。

「予約をキャンセルする」といった普通の使われ方から、「人間関係をキャンセルする」「これまでのやり方をキャンセルする」「伝統をキャンセルする」といった使われ方まで、半ば言葉遊びのように様々な使われ方をしてきました。

 ところが、ドナルド・トランプ前大統領が2020年7月4日の独立記念日に、ブラック・ライブズ・マター(BLM)の運動を指して、「あれは暴徒だ」「あいつらのやっていることはキャンセルカルチャーだ」と批判的に使って以来、一気に保守派の中で使われるようになりました。

 保守派がリベラル派の言動を否定するときに利用する言葉になったのです。

 たとえば、アメリカの初期の大統領で独立宣言を書いたトーマス・ジェファーソンはすべての人は平等だと語り、民主主義のヒーローとして認識されています。でも、実は奴隷を持っていたし、奴隷の女性を妊娠させたこともあり、言っていることとやっていることが違うという批判が昔からあります。

 だから、「トーマス・ジェファーソンの像も取り壊してしまおう」という声が上がるのですが、トランプ前大統領は「アメリカの文化を壊すキャンセルカルチャーだ」と言って拒絶する。

 このキャンセルカルチャーという言葉を今年の中間選挙で最も使ったのが、11月にフロリダ州知事選挙で再選を果たしたロン・デサンティスです。「ミニ・トランプ」「新しいトランプ」などとも評される人物で、多様性を主張してこれまでの文化を否定するウォークネス(社会正義に敏感な意識の高い人たち)との闘いを続けていくと宣言しています。

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