フォルクワーゲン初の電動SUVであり、初の世界市場に向けた電気自動車『ID.4』が、いちはやく日本に上陸を果たした。自動車界の王者が専用アーキテクチャーを開発して生み出したこのクルマは誰に向けられたもので、何を物語るのか? 鈴木正文が短時間のテストドライブで考えた。

「ID.」の冠はなにを意味するか?

 フォルクスワーゲンのバッテリーEV(BEV)専用プラットフォームのMEB(モジュラー・エレクトリックドライブ・マトリックス)を使った「ID.」シリーズの日本投入第1号モデルがこの「ID.4」である。それは後輪駆動のSUVだ。

 今後、「ID.4」よりいくぶんコンパクトな、ゴルフのBEV版というべき「ID.3」やSUVクーペの「ID.5」あたりがつづいて日本にやってきそうだが、いつになるかは不明である。

 フォルクスワーゲンのフル電動車ファミリーのモデルに共通して与えられる「ID.」(アイディー・ピリオド)という冠は、「インテリジェントなデザイン、アイデンティティ、そしてヴィジョナリー(先見性に富んだ、という意味である)なもろもろのテクノロジー」といった一連のキイワードをひっくるめたもので、英語での最初の2語である「インテリジェント」の頭文字のIと「デザイン」の頭文字のD、そしてそのあとにつづく3つの語(アイデンティティ、ヴィジョナリー、テクノロジーズ)の省略としての「ピリオド」(「.」)によって鋳造された記号だ。たとえば、ゴルフが「メキシコ湾流」、ジェッタが「ジェット気流」、パサートが「貿易風」というドイツ語にちなんで名付けられ、その車名によってある種のロマンティシズムを喚起しようとしたのとは大いに異なる。行ってみたい場所やそこに身を置きたいシーンなどを象徴表現するのではなく、あらまほしき抽象的観念の集合を記号的に表現したものにすぎない。しかし、こうした純粋記号的表現のほうが、たとえば「WEB3.0」のように、現代のデジタル生活者には、よりロマンティックな響きをもつのかもしれない。

 ということはひとまず置くとして、この「アイディー・ピリオド」シリーズは、まずはCセグメントのコンパクト・ハッチバックの「ID.3」として、その1号車が2019年9月にヨーロッパでデビューし、次いで今回、11月22日に日本上陸を果たしたCセグメントSUVの「ID.4」が2020年9月に、さらに、昨年11月には「ID.4」のクーペSUV版である「ID.5」が、それぞれヨーロッパ市場その他に投入ずみである。いっぽう、昨年4月にはDセグメントの3列シートのSUVである「ID.6」が中国市場デビューを果たしており、今年3月にはバン/ミニバンの「ID.Buzz」が北米とヨーロッパ市場に投入されているというように、フォルクスワーゲンは、バッテリーEVのラインナップを急速に整備している。なかでも「ID.4」は、ドイツのほかに北米や中国でも生産されている世界戦略モデルで、昨年の世界販売台数は約12万台に達し、2021年の「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」も受賞するなど、ファミリー中の最重要モデルであり、フォルクスワーゲンのEV戦略を代表するかたちで、「ID.3」に先行して、日本デビューの「ID.ファミリー」第1号車に、晴れて選ばれたものとおもわれる。

航続距離561kmの「ローンチ・エディション」

 今回デビューしたのは2車種で、ひとつは出力が52kWhの「Lite Launch Edition」(ライト・ローンチ・エディション 499.9万円)で、もうひとつは出力77kWhの「Pro Launch Edition」(プロ・ローンチ・エディション636.5万円)。航続距離はWLTCモードで前者が388km、後者が561kmと、「プロ」が173kmも長い。というのも、搭載するバッテリー重量が「ライト」の344kgにたいして「プロ」のそれは493kgと、149kgもの差があるからで、結果、車両重量は「ライト」が1950kgで「プロ」が2140kgと、「プロ」のほうが190kg重い。重量増のほとんどがバッテリー分であることがわかる。

 BEV である以上、航続距離を伸ばすにはバッテリーをたくさん積むほかないのだから理の当然ではあるけれど、いまやバッテリー資源となるリチウムの供給逼迫状況が前面化して価格も高騰中であるうえ、その廃棄問題への対応も課題化されてきており、気候危機への、自動車産業としての応分の責任分担のありかたが、果たしてバッテリーEV化一本槍戦略でいいのか、ということに真剣な検討が加えられるべき時期がきている――、とおもうのだけれど、ま、そういう情況のなかで、この「ID.4 」が日本上陸を果たしたわけだ。

 こんかいテストしたのは、デビューに先立って、横浜のホテルを拠点に開かれたプレス向けの先行試乗会のために用意された「ID.4プロ」のローンチ・エディションであった。

 時間割にしたがって多くのジャーナリストに貸し出されるので、一般道を走った区間はホテルと首都高速道路乗り口とのあいだの数キロメートルだけで、あとは「みなとみらい」入口から入り、大黒埠頭を経由して「みなとみらい」出口に戻ってくるまでの首都高の約20キロメートルの区間、というのがテスト・ドライブのルートだった。首都高では、中・高速コーナーがいくつかあったにしても、カーブが連続するセクションや、ひどく荒れた路面などはなかった。むろんのことだけれど、アップダウンのはげしい山岳路での動力性能やハンドリング性能のチェックも、あるいは多様な条件での高速巡航性能のみきわめもできなかった。しかし、それでも、ID.4の基本的な性格はつかむことができたとおもう。