文=渡辺慎太郎

写真は金曜日のフリー走行後のタイヤ交換の練習。現在、タイヤ4本の交換に要する時間はわずか3秒だ

3年ぶりの日本開催

  F1日本GPがようやく開催されました。コロナ禍で昨年と一昨年は中止だったので3年ぶりということになります。日本でのF1人気は最盛期に比べれば減少傾向にあるものの、今年の決勝日のチケットはソールドアウトだったそうで、コロナ禍によるF1離れの懸念は払拭されみたいです。ちなみにアメリカでは、Netflixで配信されているF1のドキュメント番組が好評で、F1ブームが静かに巻き起こりつつあるそうです。

 ご存知のように、F1はモータースポーツのトップに君臨するカテゴリーで、投入される人員も金額も世界最高峰です。参戦する自動車メーカーにとっては「参加することに意義がある」だけでなく、いい成績を残すことで技術力をアピールし、ブランド力をより一層高めることにもなるわけで、意地とプライドを賭けた真剣勝負の場でもあるのです。

 現代のF1マシンは技術の粋を集めたものであるいっぽう、その細かい装備や構造に関してはチームごとに公表していない部分が多く依然として謎に包まれています。1.6リッターのV6ターボやピレリのタイヤを使用すること、最低重量(ドライバーと燃料を含めて795kg)などはすべてのチームで共通ですがレギュレーションの範囲内であればある程度の変更の自由度があります。F1マシンの格好はどれもほとんど同じように見えるかもしれませんが、前後ウイングの角度や形状、左右のフロア付近のパネルの造形などは微妙に異なります。

長いホイールベースで曲がる

そもそも、F1マシンというのは、量産車では常識とされているさまざまな要件が当てはまりません。例えばアストン・マーティン・コグニザント・フォーミュラーワンチームのマシンである「AMR22」は、ホイールベースが最大で3600mmもあります。ロールス・ロイスのファントムの標準ボディは3550mmなのでそれよりも長いことになります。加えて前輪の舵角は普通のクルマと比べると圧倒的に少ないです。

今季限りで現役引退を発表したセバスチャン・ベッテル。数々の最年少記録を樹立してきたドイツ人ドライバー

 ホイールベースが長く前輪が切れないクルマは曲がらない、というのが通説ですが、F1マシンはあの速度でRのキツいシケインをあっという間に通過しているわけです。もちろん後輪操舵機構など付いていません。どうやら最近のF1マシンにはEデフ(電子制御式ディファレンシャル)が装着されているらしく、それがクルマの向きをあっという間に変える手助けをしているのでは?との噂もあります。そうでないと、あそこまで急速なターンの説明がどうにもつきません。

 そんな物理の法則にもあらがう先進技術を搭載したマシンが1000分の1秒という単位の中で熾烈な争いを繰り広げるコースのすぐ脇に、実はもうひとつのF1が存在します。それがパドッククラブです。

レースを最高に楽しめるクラブ

 パドッククラブはF1のチケットの中でもいくつもの特別な待遇が受けられるチケットで、例えばサーキット敷地内の専用駐車場とそこからのシャトルサービス、そしてピットの上に位置する部屋でケータリングサービスを受けながらレースを観戦することができます。個人でこのチケットを購入することも可能ですが、参戦するメーカーやスポンサーもそれぞれ部屋を貸し切っています。今回は、アストン・マーティン・コグニザントのパドッククラブを取材しました。

今回取材をさせていただいたアストン・マーティン・コグニザント・チームのパドッククラブのパス。これが、もうひとつのF1日本GPへの入場券となる

 ピットの上にはいくつもの部屋があって、一般の方が入室できるスペースの他に「フェラーリ」「マクラーレン」「メルセデス・ベンツ」そして「アストン・マーティン」などの専用スペースが並んでいます。

 アストン・マーティンの部屋はチームカラーのグリーンを随所に配したインテリアで、バルコニーにもすぐに出られるようになっています。ここではさまざまな料理や飲み物が振る舞われるだけでなく、チームスタッフやドライバーもたまに顔を出したりします。ピット見学ツアーも定期的に開催されていて、ピットには見学者専用のスペースを完備。ドライバーとチームとの無線が聞けたり、モニターでラップタイムを確認することもできます。F1ファンでなくとも、これほどの歓待を受ければレースを存分に楽しめるに違いありません。

チームのピットにある、お客様用観覧エリア。ヘッドセットでドライバーとチームの無線でのやりとりを聞いたり、モニターで戦況も確認できる

 ここに集っているのは主に量産車のオーナーの皆さんです。メーカーやディーラーから招待されたり、自ら購入したりする方もいるそうです。“プレミアム”とか“ラグジュアリー”と称される自動車メーカーのオーナーは、数千万円もの大金をクルマに支払うわけで、メーカーとしては購入後のアフターケアを怠るわけにはいきません。オーナーがクルマだけでなくブランドとしても満足してもらえるよう、パドッククラブのような場所が活用されているわけです。

 世界最高峰のレースの裏では、世界最高峰のおもてなしも繰り広げられているのでした。

専用の部屋にはご覧のようなテーブルセッティングの上、さまざまな料理や飲み物が供される。バルコニーにでもすぐに出られることができるので、メインストレートを疾走するマシンを間近で体感できる