国会議事堂前で行われた安倍元首相の国葬に反対する集会(資料写真、2022年8月31日、写真:つのだよしお/アフロ)

◎連載「河崎環の『令和の人』観察日記」記事一覧

(河崎 環:コラムニスト)

突如として沸き起こった「民主主義は屈しない」

 ドーン! ドーン! 7月8日、奈良市の近鉄・大和西大寺駅前で轟いた2発の銃声によって、突然、日本のミンシュシュギが危機に晒された。

 参院選の2日前。自民党の参院選立候補者の応援演説のために、壇上でマイクを握っていた安倍晋三元首相は、衆人環視の中で地面に崩折(くずお)れた。現場に立ち込める白煙の中でSPに取り押さえられたのは、大きな双眼鏡みたいに見える黒い手製銃に研ぎ澄ました殺意を込めて銃弾を撃ち放った山上徹也容疑者だった。

 日本の憲政史上最長政権を担った首相経験者の「暗殺」。しかも良くも悪くも話題性のある立候補者が多く、混迷が予想されていた参院選のわずか2日前で、世間の政治的気分は最高潮だった。「安倍元首相暗殺」の速報に、誰もがまずそれを政治テロとして受け止めたのは自然なことではあったのだろう。

 直後、追うようにして41歳の山上容疑者に海上自衛官としての経歴があるとも報じられ、それは容易に二・二六事件や五・一五事件など、戦前の軍将校による政治家暗殺事件を連想させた。

 すわ、「民主主義への挑戦」である。遊説先から急遽ヘリで官邸へ戻り、記者たちの前に姿を現した岸田首相は「卑劣な蛮行であり決して許すことはできない」「民主主義の根幹である選挙において卑劣な行為が行われた」と泣き腫らした目で語った。古賀誠・元自民党幹事長も、民放テレビ局の報道番組で「言論の封殺という最もあってはならないことが起きた」「ショックを通り越して、こういう国は恥ずかしい」とコメントした。翌朝の日本の大手新聞も、一斉に「日本の民主主義を守れ」「暴力に屈してはいけない」と社説で熱弁した。