文=福留亮司

今年もカルティエは多くの新作をラインナップしてきたが、もっとも目についたのが『パシャ』コレクションだった。1980年代の発売当初から人気を博した腕時計は、オリジナルデザインを継承しながら進化している。

『パシャ ドゥ カルティエ』グリッドモデル 自動巻き(Cal.1847 MC)、18Kイエローゴールドケース、41㎜径、257万4000円(参考商品)  
Olivier Arnaud © Cartier

エレガンスと力強さ

 2022年は『パシャ』のラインナップが賑やかな年となった。なかでも、フェイスに格子がついた『パシャ ドゥ カルティエ』グリッドモデルは、一際目立つ存在であった。

 そもそも『パシャ』はカルティエにしては少し異質な腕時計で、カルティエウォッチの共通事項であるエレガンスを持ちながらも、他にはない力強さを兼ね備えている。いわゆる“ラグスポ”にカテゴライズされるのだが、ここでも、やはり異質な感じがするのだ。他と比べると、かなりエレガントな要素が多いと思われるからだ。つまり『パシャ』は、エレガンスと力強さをバランスよく融合させ、どの時計とも似ていない独特の個性を持った腕時計に仕上げられている。

『パシャ』コレクションは1985年に誕生しているのだが、そのルーツはかなり前の30年代にまでさかのぼる。

 当時のモロッコ マラケシュの太守(パシャ)、エル・シャヴィ公から、カルティエに「自宅のプールで水泳しながら着けられる時計が欲しい」という依頼があり、製作、進呈された防水時計がそのはじまりということだ。ただ、その“パシャ”用の時計は、角型で、モデル名も『タンク エタンシュ』と呼ばれていた。“エタンシュ(etanche)”とは、フランス語で「封入」とか「防水」などの意味なので、この時点では『タンク』の防水時計という認識しかなかったのかもしれないのだが。

 その後、その『タンク エタンシュ』をオマージュし“太守”の名がついたラウンドケースの防水時計が43年にリリースされる。それこそが今日の『パシャ』の原型となる腕時計で、リューズカバーや独特のラグ、グリッドなどのディテールを既に有していた。つまり『パシャ』コレクション自体の歴史は37年だが、そのデザイン、造形は約80年も前に完成していたことになる。『サントス』や『タンク』に加え、それまでと毛色の違うラウンドケースの防水時計までも、普遍性を持ったモデルに仕上げるという、カルティエならではのデザイン力のスゴさである。

 

「防水時計」というアイデンティティ

 そして、この腕時計を現代的にリファインして85年に登場したのが、現代の『パシャ』コレクションである。「防水時計」というアイデンティティを表現するためか、回転ベゼルがつけられており、それがスポーティさをより強く印象付けていた。その後、2010年代に入り『カリブル ドゥ カルティエ』という力強いフォルムの腕時計も存在したが、当時はカルティエといえばドレスウォッチ、というなかでの登場だった。

 今年登場した『パシャ ドゥ カルティエ』グリッドモデルは、85年の初代モデルを踏襲し、風防を守るための格子も加えている。改良を重ねた格子は取り外しも簡単にできるようになり、デザインもより洗練されている。特徴的なリューズカバーは10気圧の防水性能を維持するための装備だが、もはや完全にデザインの一部となっており、機能、デザインの両面で必要不可欠な存在となっている。

 搭載の機械は自社製のCal.1847 MC。巻き上げ効率が非常によく、耐磁性も備えた自動巻きムーブメント。約42時間のパワーリザーブを持つ、使い勝手の良さも魅力だ。

Matthieu Lavanchy © Cartier

 今日では、街での着用を主とした美しいスポーツウォッチが人気だが、その中でも、飛び切りエレガンスで、もっとも個性的な腕時計が『パシャ ドゥ カルティエ』グリッドモデルといっても過言ではないだろう。

問い合わせ カルティエ カスタマー サービスセンター TEL:0120-301-757