(英フィナンシャル・タイムズ紙 2022年7月23・24日付)

イタリア議会下院で辞任を表明し手を振るマリオ・ドラギ氏(7月21日、写真:ロイター/アフロ)

 7月下旬、イタリアのマリオ・ドラギ首相(74)が辞任することが明らかになるにつれ、ソーシャルメディア上で「#poveraItalia」(可哀そうなイタリアの意)がトレンド上位に入った。

 苦悶するイタリア人は、失政が続く自分たちの国が、賢く、有能で、高潔なリーダーシップを最も必要としている時に、なぜ稀な資質を持ったステーツマンを下すのかと問いかけた。

 なぜ我々はこれほど不必要に自らを痛めつけるのか――。

高尚なアプローチで自ら失脚招いた?

「我々はイタリア国民の未来をもてあそんだ」

 ルイジ・ディマイオ外相はこう嘆いた。

「この悲劇的な選択の影響は歴史に禍根を残すだろう」

 その思惑がドラギ氏の退陣を早めたのは、イタリア国民ではなく、3つの政党(かつて反エスタブリッシュメントを掲げていた「五つ星運動」と極右「同盟」、「フォルツァ・イタリア」)の職業政治家だった。

 欧州中央銀行(ECB)前総裁のドラギ氏の批判派は、同氏はある程度、イタリアの政治、それを言えば大半の民主主義国の政治の特徴である打算的な駆け引きを拒むことによって自らの失脚を招いたと話している。

 あれほど高尚なアプローチを取らなければ、少なくともあと数カ月は政権を延命できたかもしれない。

 だが、ドラギ氏は自身の内閣を改造すると、幅広い超党派のコンセンサスに基づく信頼、自身の政権運営に欠かせない条件となっていた信頼の絆を断つことになるとの見解を取った。