シチズンはこの夏、1977年に登場した『チャレンジダイバー』のデザインを継承したダイバーズウォッチを『シチズン プロマスター』のラインナップに追加する。レトロというよりクラシックと言うべきルックスで、ムーブメントはシチズン自慢の光発電「エコ・ドライブ」ではなく機械式。ISO対応の自動巻きダイバーズだ。およそ10万円という価格も魅力的なこの新作に、発表会で出会ってハートを撃ち抜かれたJBpress autograph編集長 鈴木は、東京・田無のシチズン時計本社に、この時計の企画担当者とデザイナーに会いに行った。こんなにステキな時計を造ってくれて、ありがとうございます。と言いたくて ──
序:父に買ってもらったあの時計が欲しい
僕は1977年生まれで、ダイバーズウォッチを初体験したのは小学校5年生の頃だった。
修学旅行で時計をしていく必要があって、新橋の家電量販店で父が買ってくれたのが国産のダイバーズウォッチか、少なくともルックスがダイバーズウォッチ的な時計だった。それが人生初の「自分の時計」。どこのメーカーのものだったかは、もう覚えていない。当時はそういう時計がプラスチックケースに入って、大量に吊るされていたものだ。
正直に言って、嬉しくなかった。無骨なルックスも子供の腕にはデカくて厚いのもイヤだった。「もっとカッコいい時計を買ってくれればいいのに……」とおもった。
成長するにつれ、自分の小遣いで「もっとカッコいい時計」をいくつか買った。ところが、時を知ることが重要な局面で、僕がしているのはずっとダイバーズウォッチだった。それ以上、頼りになる時計には巡り合わなかったからだ。人生の大事な局面をいつもダイバーズウォッチとともに過ごしている。潜水どころか、サーフィンだってやったことないのに。
完成されたプロダクトデザインのひとつだとおもう。この形が、基本を同じくしながら、世界のほとんどの時計の造り手によって、再解釈・再生産されているのが、その証拠だろう。そして、だからこそ、各ダイバーズウォッチ間にある小さな差異が面白い。そこには造り手ごとに異なる意図がある。それを見聞きするうち、僕は理想のダイバーズウォッチを思い描くようになり、それが世の中に存在していないか、探すようになっていった。
小学生のころ、父に買ってもらった時計は、もう、その細部の記憶が曖昧だ。そして、いま、その時計が、理想の時計とダブっている。あの時計はたった数千円で買えたはずだ。子供の自分には大きかったけれど、いまにして思えばあれは小さい時計で、見やすくて、時計のことなんか知らない小学生男子が乱暴に扱ってもビクともしないほどタフだった。
あの時計が欲しい……
いま当時の自分と同い年になった息子が、僕がいつもしているダイバーズウォッチを欲しがっている。なぜ欲しいのかはわからないけれど、欲しいなら譲ってやってもいい。
なぜなら僕は、ようやく、自分が追い求めていた時計を見つけたようにおもっているからだ。
それが今回の『シチズン プロマスター』。そして、この時計が本当に理想のダイバーズウォッチなのかを知りたくて、僕はシチズンに取材を申し込んだ。
1: 現在のシチズンの技術が実現した高スペック機械式時計
僕のわがままから始まった取材に付き合ってくれたのは、この時計を企画した杵鞭朋敬(きねむちともひろ)さんと、杵鞭さんの企画を時計のデザインへと落とし込んだデザイナー殿堀隆二(とのほりりゅうじ)さん。まずは発案者の杵鞭さんに、なぜいま1977年に誕生した時計を復刻したのかたずねたところ……
「復刻ではないんです。かつての時計を継承しながらも、最新の時計として造っています。我々はそれをシンカと呼んでいます。進化であり、新化であり、深化。」
と、釘を差された。『NB6021-17E』というこの『プロマスター』は1977年に登場した『チャレンジダイバー』をシンカさせている。
「強いて言えば『チャレンジダイバー』発売から45周年とは言えるかもしれません。ただ、それは結果的にそう、という程度です。この時計の企画は、エコ・ドライブから続く、サステナブルな時計へのチャレンジ、というのが大きな原動力です。シチズンは2021年に新開発の機械式ムーブメントを搭載した時計を発売しました。機械式は適切にメンテナンスしていくことで、ずっと動き続け、次世代に残すことができる。その点で、エコ・ドライブとはまた違った意味でサステナブルです。新開発のムーブメント群は、現代社会ではもはや回避しようのない磁気に強いという特徴があり、ダイバーズウォッチにも機械式の選択肢を増やしたい、というおもいから「Cal. 9051」というムーブメントを搭載したプロマスターを企画しました。そのデザインテーマは何にしようか、と考えまして……」
企画のアイデアを求めて過去のシチズンのカタログを見返していた杵鞭さんの目に『チャレンジダイバー』が留まった。海中でフジツボに覆われながらも動作可能な状態にあったという伝説はもちろん知っていたけれど、デザインと、チャレンジという名前にも惹かれたという。
「プロマスターブランドでも、ダイバーズは人気で、毎年、新作を投入しています。」
とデザイナーの殿堀さんが補足する。
「ただ、発売時に話題性があっても、そのなかにシチズンの顔になっていく時計、世代を越えて愛される時計はどれで、どれくらいあるのか、と考えると、まだ課題は感じます。今回、この『チャレンジダイバー』をシンカさせたプロマスターには、シチズンのダイバーズの定番を担って欲しい、という期待を込めています。」
プロマスターブランドは1989年に立ち上がっているけれど、殿堀さんは1986年に入社しており、スポーツウォッチを担当することが多いことから、プロマスターを知り尽くしている人物。だから、この発言は慎重なものであるにちがいない。