「DX」が叫ばれる現代。その重要性は承知すれども、DXどころかアナログな仕事のやり方を変えられず、デジタル化すら始められない企業もあるのではないだろうか。特に中小企業は、人手や資金の問題で進められないケースも少なくない。あるいは「うちの会社には必要ない」と手をつけない企業もあるかもしれない。

 しかし、世の中全体の流れを考えたとき、デジタル化に出遅れた中小企業にリスクはないのだろうか。そして、そういった企業はどのようにデジタル化を始めれば良いのだろうか。日本能率協会コンサルティング デジタルイノベーション事業本部の毛利大氏に取材し、これらの疑問について考える。

調査から見る中小企業の実態と、待ち受ける経営不安

 まず、日本企業ではどのくらいデジタル化やDXが進んでいるのだろうか。総務省が2021年に発表した調査(※)によると、企業の約6割がDXについて「実施していない、今後も予定なし」と答えた。
※2021年総務省「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する研究」
 (URL)https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei//linkdata/r03_02_houkoku.pdf

 これを中小企業に絞ると「実施していない、今後も予定なし」とする回答が約7割に増えた点に注目したい。やはり中小企業のほうがDXが進んでいないのだ。

 DXは大掛かりなプロジェクトであり、簡単にはできないもの。この結果は当然と考える人も多いかもしれない。では、DXよりもっと手前の「デジタル化」への取り組みはどうだろうか。JBpressが中小企業メインに行ったアンケートによると、デジタル化に「取り組んでいない」「あまり進んでいない」と答えた企業は、およそ4分の1に。300人未満の企業に絞るとおよそ3分の1にも上った。


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 また、デジタル化を推進したい意向が経営者にあるか尋ねると、約2割が「消極的」と回答。進めたくても進められないのではなく、あえて行わない企業もいることがわかった。


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 気になるのは、こういったデジタル化に遅れる中小企業にリスクはないのかということ。毛利氏は「今後、大きな機会損失を生む可能性があります」と指摘する。

「デジタル化の恩恵をもっとも受けるのは、本来、中小企業です。なぜなら、中小企業の多くが人手不足に直面していますから。その悩みに対し、デジタルで業務を効率化し、限られた人材で生産性を上げるのがいまの流れ。大半の企業がその動きを見せる中で、デジタル化が進まない企業は、生産性の低さで取り残されてしまうことも。ビジネス上の機会損失であり、本当なら、人手不足に悩む中小企業こそ注力しなければなりません」

 先ほど紹介したJBpressの調査でもわかるように、デジタル化が進んでいない企業は少数派だった。それは、逆に言えば、まだ取り組みが進んでいない企業は、生産性で大きく遅れている可能性もある。

「デジタル化が生産性を上げる例として、例えば弊社では、ITツールを使って社員のスケジュールを共有していますが、これにより、各社員の予定調整や確認の手間が大きく減りました。体感で5分の1ほどの印象。すると、その減った分を他の仕事に使えますよね。人を増やさなくても、いまある資産をスケールできるのです」

 デジタル化をしないと、こういったチャンスを逃すかもしれない。それが毛利氏のいう「機会損失」だ。

「機会損失のほかにもリスクは考えられます。トラブル時の対応です。例えば自社でトラブルが起きたとき、デジタル化しておけば、トラブルの原因発見から社内共有、対応のスピードは速くなる可能性があります。また、企業のトラブル対応に関する社会の目は年々厳しくなっており、ずさんなアナログ管理が問題に発展することもあるでしょう」

日本能率協会コンサルティング デジタルイノベーション事業本部 毛利 大氏

 例えば製造業なら、不良品が出た際、常に細かく記録をデータ化していれば、いつどの製造ラインに問題があったのか特定しやすい。あるいは、契約におけるトラブルも、詳細なやりとりを記録したデータがあれば、両者の認識がどこで食い違ったのか確認しやすいだろう。

中小企業のデジタル化が進まない原因はどこにあるのか

 では、デジタル化が進まない中小企業にとって、その原因はどこにあるのだろう。JBpressのアンケートで、デジタル化を妨げる「障壁」を尋ねると、以下のような結果となった。


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 結果を見ると、人材不足や社員のITリテラシーを挙げる回答が多い。毛利氏も「経験上、人材の問題がもっとも大きい」と話す。

「先ほど話したように、中小企業はそもそも人手不足であり、またIT人材は引く手あまたで、大企業に取られてしまいます。結果、デジタル化がもっとも必要な中小企業が、人材の問題から取り組めないという『負のスパイラル』に陥りやすいのです」

 社員のITリテラシーが不足しているという話も、企業の悩みとして多いようだ。毛利氏は「デジタル化やDXを進める企業の多くが、経営上の重要課題として挙げていますね」と話す。

 そしてもうひとつ、障壁として「何のためにやるか」が社内で十分に説明できていないこともあるという。

「例えば、上層部から『デジタル化せよ』という言葉だけが降ってきて、それをやる目的や意味、これにより何が改善されるのかが示されないことも。現場にとって仕事が増えるだけで、デジタル化のメリットを感じられず進みにくいでしょう」

 先述のアンケートでも、デジタル化の障壁として「必要性が社内で理解されていない」という回答が多かった。また、「長年の慣行に妨げられている」という回答も、つまりは長年の慣行を変えてまで行う意味を説明できていないとも考えられる。

<「抵抗感にどう向き合う?中小企業はじめてのデジタル化」記事を読む>

さまざまな悩みに直面する中小企業。一体どこから始めればいい?

 このようなことから、毛利氏のもとには「デジタル化をどこから始めていいのか分からない」という問い合わせも多いという。実際に、中小企業はどうやって進めればいいのだろうか。

「大切なのはスモールスタートで始めることです。全社で一気に大掛かりなデジタル化を行う必要はありません。いまの人員、資金で可能な範囲からやってみる。小さなツールを1つ入れたり、特定の部署だけ行ってみたりしてもいいでしょう」

 毛利氏は、DXには大きく3つの段階があるという。次の図は製造業を例に説明したものである。ここまで話してきた基本的なデジタル化は、1段階目に相当する。


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 最初は失敗を恐れず、トライアル&エラーで小さなチャレンジを続けることが大切という。1度の失敗で全体を止めてしまうのは大きな間違いで、「3勝1敗くらいを目標に続けていきましょう」とアドバイスする。

 そしてもうひとつ、「何のためにやるか」を説明することもポイントだ。理想は「デジタル化によってこの作業が何分の1になる」といった定量的な意味を伝えることだが、各企業がそれを自前でやるのは難しいだろう。そこで、毛利氏はこんなアドバイスをする。

「定性的な効果でもよいので、身近な会社の課題とデジタルのつながりをイメージしてみることです。例えば離職者が多い企業なら、コロナ禍で社員コミュニケーションが減っている可能性もあるかもしれません。そこにウェブ会議やチャットツールを入れれば、社員の孤独さが解消できるかもしれない。課題から逆算して、具体的な意味合いを伝えられるといいでしょう」

 それでも意味合いをなかなか伝えられない場合は、試験的にスモールスタートで行い、先にデジタルの便利さや簡単さを社員に感じてもらう進め方もあるという。そうやって社員が効果を実感できれば、「何のためにやるか」を言葉にしなくても、社員は肌感覚で意味合いを理解できる。

 社会がITへと進む流れは、今後も変わらないだろう。その流れに対応しなければ、企業は取り残される恐れもある。だからこそ「できることから。まずは小さな規模でやってみる」。それが、中小企業における「デジタル化の始め方」なのかもしれない。

【調査概要】
調査対象:日本国内の企業に所属する経営層、DX推進担当者等
調査期間:2022年5月10日から5月16日
調査方法:Webアンケート
有効回答数:418名(内300名未満の企業215名)

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