3月25日に北朝鮮が新型ICBM「火星17」とするミサイルの打ち上げに成功したのを喜ぶ金正恩総書記と軍の幹部。後に韓国国防省はこの「火星17」は以前にも発射された「火星15」であるとの分析結果を発表した(提供:KCNA/UPI/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 北朝鮮の核・ミサイルの開発資金に関して、北朝鮮秘密資金管理の元幹部はかつてこう証言したという。韓国・金大中(キム・デジュン)大統領の秘密資金が故金正日(キム・ジョンイル)朝鮮労働党総書記を救った、と。

 同じことが、いま繰り返さるかどうかの瀬戸際にきている。

 北朝鮮における新型コロナの感染はここ数日間で急拡大している。これに対し韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、北朝鮮への人道支援提供の意思を表明した。同じ朝鮮民族の苦難を救わなければならない、との判断は基本的には正しい。

 しかし、冒頭で紹介した証言にもあるように、2000年に故金大中大統領(当時)の秘密資金によって北朝鮮が立ち直り、それが元で核ミサイル開発が進んだ。また、韓国が人道支援として供与したコメは北朝鮮の軍人にしかいきわたらず、国民には裨益しなかった。しかも、苦境から立ち直った北朝鮮は、国民の窮乏を緩和するより、核ミサイル開発に一層力を入れた。

 この反省を踏まえるならば、北朝鮮への人道支援を行う際には、その仕組みと監視体制を厳重に整備することが不可欠である。安易に人道支援をすれば金正恩総書記に都合よく利用されるのは火を見るより明らかだ。

車両を動かす燃料にも事欠いた「苦難の行軍」当時

 1990年代の北朝鮮は1990年代、ソビエト連邦の崩壊で援助が滞ったために、94年末から98年にかけ、30万~300万が餓死したとされるほどの大飢饉に見舞われた。96年、「労働新聞」は新年共同社説において、飢饉と経済政策の失敗による経済的困難を乗り越えるため、スローガンとして「苦難の行軍」を国民に訴えた。

「苦難の行軍」当時の状況について、金日成(キム・イルソン)から始まる3代の独裁者の秘密資金管理機関「朝鮮労働党39号室」の幹部を務めた李正浩(イ・ジョンホ)氏のインタビュー記事を、2年前に「文藝春秋」が掲載している。そこで、当時の状況を李正浩氏は克明に証言している。

 李氏は先代の金正日氏から「首相より仕事ができる」と絶賛された人物だった。だが、張成沢(チャン・ソンテク)氏ら多くの幹部が残忍な方法で処刑されたことにショックを受け韓国に亡命。現在はワシントンで米政府の諮問役を務めている。

 同氏はインタビューの中で、核開発に決定的な役割を果たしたのは、韓国の秘密資金だと断言している。