(英フィナンシャル・タイムズ紙 2022年3月2日付)

ドイツのケルンでバラの月曜日パレードに代わって開催された反戦デモ(2月28日、写真:ロイター/アフロ)

 これがどう終わるのかは誰にも分からない。だが、どう始まったかは分かっている。

 ウラジーミル・プーチンは罪のない国に対して理不尽な攻撃を仕掛けた。欧州の地において1945年以来最悪の侵略行為を犯し、この卑劣な行為をとんでもない嘘で正当化した。

 一方で、差し当たり、西側諸国を結束させた。

 プーチンは平和への願いを臆病さと混同した最初の暴君ではない。彼は逆に、西側の市民の怒りを呼び覚ました。

 その結果が、正当であるとともに目覚ましいロシア制裁の数々だ。

どれほどリスクが高くても抵抗は必至

 プーチンは、この世に生きた最も危険な人物かもしれない。自国民の運命など顧みず、ロシアの失われた帝国を取り戻すことに血道を上げ、何より核戦力に精通している。

 だが、どれほどリスクが大きくても、抵抗は絶対不可欠だ。

 一部の人は、プーチンの行動は西側の責任であり、何より北大西洋条約機構(NATO)を拡大する決断がもたらした結果だと主張するだろう。

 実際は逆だ。

 プーチンは、ロシアの支配を一番よく知っている国々がなぜNATO拡大を切望したかを思い出させた。

 NATO拡大がなぜ必要だったかも実証してみせた。欧州には、ロシアと旧ソ連圏の間に防衛された境界線が必要だった。

 ウクライナの悲劇は、この境界線の間違った側に位置していたことだ。

 同国は自由になりたいと願う以外に、ロシアに何の脅威も及ぼしていなかった。ロシアがウクライナを脅かしていた。