全日本空輸 執行役員 デジタル変革室長を務める荒牧秀知氏

 長期化するコロナ禍で、航空業界は厳しい状況が続く。しかし、全日本空輸(ANA)執行役員 デジタル変革室長の荒牧秀知氏は、今こそ変革の好機と捉えている。IT開発人材の養成と内製化を推進し、コロナ後を見据えてデジタルを軸にしたサービス、業務変革の基礎を着々と固める。その狙いと手応えを聞いた。

IT内製化へ、社内公募を実施

 2020年から新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響を受けた航空業界。2021年後半に国内の感染状況が落ち着きを見せると旅客需要もいったんは回復傾向に入ったが、海外でオミクロン株への警戒感が強まったことで再び入国規制が敷かれ、2022年の年初からは国内でも感染者数が増加に転じている。2022年1月時点では、まだ市場復活の兆しは見えない。

 ANAの業績は、2021年度も厳しい着地が見込まれる。さらに、仮にコロナが収束しても、エアラインの市場はコロナ前とは異なる様相を見せるはずだと荒牧氏は切り出す。

「コロナ後の市場は、ビジネスとプレジャー・プライベートで分けて考えるべきだと思っています。まずビジネスですが、多くのビジネスパーソンが経験しているとおり、リモートワークが一気に浸透しました。遠隔地に出向いていた打ち合わせや商談はオンラインで済ませられるようになっています。現場・現物が必要な出張を除き、この行動変容は今後、コロナが収束したとしても残るでしょう。ANAにとって収入の柱の一つだった業務渡航の需要は、アフターコロナでは、元通りにはならないとみています」

 対してプレジャー・プライベートは、国内の里帰り、介護のための帰省などに加えて、巣ごもりからのリフレッシュ需要などが期待できるという。「インバウンドに関しても期待しています。もちろん、これから先、世界で感染拡大が収まってからの話ですが、日本の感染対策、国民性、生活様式などが見直されることで、『安全な国』として日本が注目される可能性があります。政府が新たに打ち出した、2030年までに訪日外国人年間6000万人という目標も意識して進んでいきたいと考えています」

価値観の変化、利用目的の変化に合わせ、新常態に適合するサービス・モデルへの変革を進める
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 荒牧氏が率いるデジタル変革室(以下・DX室)は、グループ全体のIT、デジタル戦略の司令塔としての役割を担っている。コロナ前、同社は羽田空港の国際線発着枠拡大など、拡大路線のまっただ中だった。ITの開発案件も山積みで、多くの開発パートナーと進めていた。「その矢先、コロナによってほとんどの航空路線はストップし、当社の事業は大きな打撃を受けました。経営方針は成長への投資から、コストコントロールの徹底へと180度の転換を余儀なくされました」

 多くの開発案件がストップするなか、荒牧氏はそれまでの外部ベンダー中心の開発体制を、内製主導に転換する方針を打ち立てる。その理由を次のように語る。

「コロナ前は案件の総量が増えていたため、外部のパートナーの力が必要でした。そのため、社内のIT担当者は信頼できるパートナーに仕事を発注し、管理することが仕事になり、どうしてもスキル面の空洞化が起きていました。奇しくもここで立ち止まる機会が得られたことで、改めて、自分たちのコンピテンシーは何かを振り返り、内製の力を付けようと考えました。特に構想・企画の部分、プロジェクト全体のマネジメント、モバイルアプリ開発、データ分析などに人員を寄せながら、自社で進める形を作ろうとしています」

 内製化の取り組みは「案ずるより産むが易し」という発想への転換につながっているという。攻めの姿勢でやってみたら意外とできてしまったり、仮にうまくいかなかったとしてもやり直せばよいだけだと思えたり、といった気付きが多々あるためだ。内製化に伴い、グループ内からIT部門への社内公募も実施。すでに、ANAシステムズとDX室合わせて約70名が異動している。

「全ての案件・工程が内製で完結するわけではありませんが、自分たちが技術力を付けることで、パートナーとの新たな関係性を築くことができると考えています」