(英フィナンシャル・タイムズ紙 2022年1月14日付)

1979年6月20日、ホワイトハウスに設置された太陽光パネルの前で演説するジミー・カーター大統領(当時、写真:UPI/アフロ)

 今日の米国が1970年代のそれに似ていることを理解するのに、年齢が50歳以上である必要はない。

 1970年代という言葉からは、インフレの高進、政治の迷走、犯罪の急増、そして不安をかき立てる地政学をすぐに連想できる。

カーター的な運命を避けられるか?

 一方で、ジョー・バイデン氏とあの哀れなジミー・カーター氏を同じだと見なす必要もない。

 カーター氏の大統領としての働きは歴史上あまり評価されていないが、もっと高い点数をもらって然るべきだ。

 それに、次の出番を待っているロナルド・レーガンのような人物もいない。

 バイデン氏の後にやってくるのはドナルド・トランプ氏の怒濤の復活か、同氏とよく似た人物の登板だ。

 バイデン氏の目標は、カーター的な運命を回避することでなければならない。

 いろいろな出来事――そして政治的なムード――のせいで、その回避はますます難しくなってきている。

 バイデン氏はカーター氏と同様、米国の殺人率や消費者物価上昇率、ロシアの軍事的野心などにホワイトハウスが影響力を行使する余地がほとんどないことに気づきつつある。

 また、やはりカーター氏と同様、それでも責任を負わされている。