(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 世界的にインフレ懸念が強まっている。アメリカの10月の消費者物価上昇率は31年ぶりに6.2%になり、FRB(連邦準備制度理事会)は政策金利の引き上げを検討している。日本でも企業物価上昇率は40年ぶりに8.0%になった。

 今回のインフレの原因は一時的なサプライチェーンの混乱だという見方もあったが、12月になってFRBは「インフレは一時的な現象ではない」と見解を改めた。しかし日本の消費者物価上昇率は、11月の速報値でも0.1%である。何が起こっているのだろうか。

「狂乱物価」の原因は過剰流動性だった

 世界的なインフレの直接の原因は、10月の当コラム「脱炭素化で『新型スタグフレーション』がやってくる」でも指摘したように、ヨーロッパを中心とする脱炭素化の動きで化石燃料への投資が減り、資源価格が上昇したことだ。

 しかし原因は、それだけではない。ハーバード大学のケネス・ロゴフは、今回のインフレが1970年代に似ているという。これは一般には「石油ショック」だと思われているが、原油価格の上昇はきっかけに過ぎない。

 本質的な問題は財政赤字による過剰流動性だった。アメリカ政府はベトナム戦争で大きな赤字を抱え、インフレになっていた。そこに1973年10月のOPEC(石油輸出国機構)の原油輸出禁止で原油価格が一挙に4倍になり、世界のサプライチェーンは大混乱になった。

 当時のケインズ政策では、不況のときは財政赤字を増やして需要不足を補い、インフレになったら金利を上げて需要を抑制するのが常識だったが、英米では失業率とインフレ率が同時に10%を超えるスタグフレーションになったので、財政支出を増やした。中央銀行の独立性がなかったので、不況の最中に金利を上げることはできなかった。

 このため企業が資源の買い占めに走り、労働組合が賃上げを要求し、それがコスト上昇を招いてインフレを加速するインフレ・スパイラルが起こったのだ。