文=松原孝臣 写真=積紫乃

鈴木明子「スケートに命を吹き込んでくれる」人気振付師の実力(第1回)
鈴木明子が考える、成績だけじゃないフィギュアスケートの喜び(第2回

男子だけでなく女子も4回転を飛ぶ時代

 2度のオリンピック出場ののち、2014年に競技生活から退いたプロフィギュアスケーターの鈴木明子は、振り付けや講演やメディアでの活動など、多方面で活動してきた。その中心にはフィギュアスケートがあり、そして今、思うことがある。

 近年、フィギュアスケート界に起きた変化に、ジャンプの高難度化がある。

 男子ではさまざまな種類の4回転ジャンプをマスターし、1つのプログラムに複数本組み込もうとする流れがトップスケーターを中心に進んできた。

 そして女子でもトリプルアクセルを習得する選手が次々に現れ、さらには4回転ジャンプを跳ぶ選手も出てきた。特にロシアでは、シニアに上がる前の年代からチャレンジし、成功する選手たちが現れた。

 それが大会での結果に大きな影響を及ぼしている。2018年の平昌オリンピックで優勝したのはシニアデビューシーズンであった15歳のアリーナ・ザギトワだった。ザギトワ自身は4回転ジャンプやトリプルアクセルを跳んでいたわけではないがジャンプの力あっての成績である。その後、高難度化が顕著となり、ロシアの十代半ばの選手が表彰台を占めることが当たり前のようになった。

 そこに不安の声が起こった。活躍する選手の低年齢化が弊害をもたらすのではないかという提議だ。ザギトワが2019年の暮れに、引退はしないものの競技からいったん離れることを表明したのが象徴するように、より高難度ジャンプを跳ぶ次の世代にすぐさまとってかわられることが懸念された。

 年齢を重ねることで経験を積み、それが表現にいかされていくのがフィギュアスケートだが、その機会を得ないまま引退していく選手も出てくる。すると「アートスポーツ」でもあるフィギュアスケートそのものの魅力も失われていくのではないか、という声が出るようになった。

 鈴木は語る。

「成績が出なかったら、辛くなってくるのはもちろん当たり前だと思うんですね。練習って楽しいだけのものではないですし、高難度のジャンプを跳べないから上位に行けないとなったときに目標を見失ってしまったりすることがあるかもしれません」

 そしてこう続ける。

「もちろん、ジャンプもその子の個性ですし、魅力の1つです。でもそれだけではないところがあるのがフィギュアスケートだと思うんです。音楽があって表現ができて、しかも歳を重ねるごとに経験したことが表現として反映される。フリーなら4分間にその人がぎゅっとつまっていることが魅力だと思います」

 

1人として同じスケーターはいない

 競技である以上、高い技術を追求する、つまりはより難度の高いジャンプを追い求めるのは自然ではある。ただ、現在の女子の状況は、フィギュアスケートをフィギュアスケートたらしめている要素を打ち消しかねない・・・どうあるべきか、容易に答えは見出せない。

 でも、フィギュアスケートだからこそ、選手としてのあり方を広げてもくれる。

「1人として同じスケーターはいません。表現の仕方も違うし、スケートに対するアプローチも違います。それがいろいろな人を惹きつけるところだと思うんです。点数や成績によらず、『あのスケーターのこういうところが好きだな』『あのプログラムが好きだな』と記憶に残してもらえるスポーツでもあります。それは選手として幸せなことだと思います」

 その上で、選手が見つめるべきは「フィギュアスケートという競技で何をやりきりたいのかというところ」だと語る。

「もちろん世界で、オリンピックで活躍したいなら技術もいるし、高難度のジャンプも必要となるでしょう。ただ、例えば羽生(結弦)選手なら4回転アクセルの成功に自分のモチベーションを持っていくように、自分は何をもってフィギュアスケートをやっていくのか、人それぞれでいい。そこにいい悪いはないと思うんです」

 ときに壁にあたりつつも乗り越え、創意工夫を重ねて際立つ表現とともに自身のフィギュアスケートを確立した鈴木ならではの言葉だった。

 基準が自分の中にあれば、外的環境がどうあろうと左右されることなく、歩んでいける。道をみつけることができる。そう伝えているようでもあった。

 何よりも大切なのは、鈴木が出会った振付師がそうであったように、スケートが好きであること。振付師をはじめとする活動で鈴木が選手に伝えたいと願うことでもある。

 スケーターたちの未来を思うからこそ、今、こうも語る。

「自分はとてもいい時期に、選手として過ごしてきました。たくさん注目してもらえて、会場が埋まるような試合を何度も経験させてもらえて、それこそが力になってきたことを知っているからこそ、フィギュアスケートの人気が一時期だけではなくてずっと続いて行ってほしいです。いろいろなイベントや話す機会を通じて興味を持ってもらえればと思います。私がフィギュアスケートが好きだからこそ、仲間を増やしたいという思いです」

鈴木明子(すずきあきこ)
プロフィギュアスケーター。また、振付師、メディア出演や講演など幅広く活動を続ける。2010年バンクーバー、2014年ソチとオリンピックに2大会連続出場し、ともに8位入賞を果たす。2012年世界選手権では銅メダルを獲得。2013年全日本選手権では日本女子史上最年長となる28歳で優勝を飾った