(岡村進:人財育成コンサルタント・人財アジア代表取締役)

「人前で話すのは得意ですか?」

 この質問を、日本人に投げかけると、多くはうつむき加減になるか、苦笑いをしながら目をそらす。プレゼンテーションは日本人共通の不得意科目だろう。

 話が下手だと人生でずいぶん損をする。話下手だった私の実感だ。懸命に準備して、おそらくとても良いことを話しているはずなのに、聴衆のつまらなそうな顔を見て、へこんだ経験は枚挙にいとまがない。話は上手なほうが得だと、分かっていながら、端から「自分には無理」とあきらめていた。

 加えて私は、とんでもないあがり症で、外資系企業の社長になったときに、「話がつまらないので、プレゼンテーションの先生について勉強してほしい」と部下に直訴されたほどだ。私が自他ともに認める「ゆるキャラ」のせいだが、それを割り引いてもグローバルビジネスの現場は役職が上にあがっても甘えが許されない厳しさがある。50歳目前になって、しかも社長にまでなったのに、半ば強制的に猛勉強を強いられる羽目に陥った。

ビル・クリントンの感動スピーチ

 そんな私には生涯決して忘れられない感動のスピーチがある。

 1998年11月20日、ビル・クリントン米国大統領来日時のパーティーでのことだ。当時機関投資家として巨額のドル円を売買していた縁で、在日米国商工会議所メンバー300名弱の米国人に交じって、数名の日本人として参加する幸運に恵まれた。

 クリントン大統領は途中から参加予定だった。結婚式場のような席の配置で、前半は翌年に財務長官になるサマーズ氏など数名の大物が壇上に登って、参加者から世界経済や日本のビジネス環境などについての質疑が行われた。

 ビジネス界からの参加者が高官たちにカジュアルに質問を投げかける、時には詰問する様子を見て、フラットな関係で本音の意見交換をできる関係にあこがれたものだ。

 そうこうしているうちに、館内放送が流れ、「大統領がいま滞在先のホテルを出発しました」とアナウンスがあった。驚いたのは、カジュアルに話していた300名強が一斉に立ち上がったことだ。

〈おいおい、まだホテルを出たというだけで到着まで何分かかるかわからないじゃないか!〉と思いながらも、大統領(というポジション)に対する敬意の表し方にも感激した。実際に到着まで15分ほどかかっただろうか、その間ずっと全員が立ちっぱなしのまま議論を続けたのだ。