(英フィナンシャル・タイムズ紙 2021年9月1日付)

「アベノミクス」という景気刺激策が打たれた2010年代の日本経済における大きな謎の一つに、人口の高齢化が急速に進んでいるのに働く世代の賃金はなぜ上昇しないのか、というものがあった。
理屈はこうだ。
日本は人口のほぼ3分の1が65歳以上で、年金生活者は間違いなく資産を取り崩し始める。
まずは小洒落たレストランでおいしいものを食べ、ゴルフ場に足を運ぶ。そして身体が弱ってくるにつれ、自分の介護のためにお金を使うはずだ。
そのような支出は、減少傾向にある比較的若い労働力の需要を生み出す。すると全般的に賃金が上昇し、やがてその賃金上昇が物価を押し上げる。
そうなればインフレ率を年2%に引き上げる目標に根気よく取り組んできた日銀にとっても、助け船になる――。
この論理の下敷きになっているアイデア、すなわち人口の高齢化がある程度進むと、退職貯蓄が支出増加と労働需要に転じるという考え方は、経済学者のチャールズ・グッドハート氏とマノージ・プラダン氏が議論の要としているものだ。
両氏は、人口動態の転換によって、物価がなかなか上昇しない今の時代が新たなインフレの時代に変わると主張している。
高齢化先進国の日本の教訓
しかし今のところ、日本はそのような展開になっていない。
確かに労働需要は増えた。この国では、介護職の応募者1人に対し4人に近い求人がある。
だが、直近で景気が最も良かった2018年あたりでも、労働需要が賃金上昇に至ることはなかったし、インフレ率も金利も上昇しなかった。