(英フィナンシャル・タイムズ紙 2021年8月6日付)

目の前のマシュマロを食べずに我慢できるか、ではなく共有できるかを考えるときだ

 国民の暮らしや命に対する責任を国民自身が負う時にこそ、社会は最もうまく回るというのが、民主主義の究極の自慢だ。

 新型コロナウイルス感染症「COVID-19」がずっと、この論理の真価を試している。

 西側諸国は2、3カ月おきにパンデミックの終焉を祝してシャンパンを開けている。そして、予想できただけに二日酔いがひどくなる。

 西側の民主主義国が、次の一手はともかく二手以上先の展開をめったに読めない現状を見ていると、気候変動と戦えるかどうか、それを言えば次のパンデミックに備えることができるかどうかさえ心配になってくる。

マシュマロを食べるのを我慢できない子

 インスタント・グラティフィケーション(すぐに満足を手に入れたがる傾向のこと)という特徴は、子供と結びつけて考えられるのが普通だ。

 1960年代に米スタンフォード大学の学者が幼い子供たちを集めて行った「マシュマロ・テスト」はよく知られている。

 マシュマロ1個を食べるのを数分間我慢できた子には、ごほうびとして2個あげようと伝え、我慢できるかどうかを観察し、記録した。

 同じ子供たちの追跡調査を何年も行ったところ、マシュマロの誘惑に抗うことのできた「クールな(冷静な)」子供たちは、待ちきれずに食べてしまった「ホットな(短気な)」子供たちよりも人生において成功を収めたという。

 西側諸国による新型コロナへの対応を見てきた人なら、どこかで聞いたような話だと思うだろう。

 各種のデータや伝聞情報を見聞きする限り、民主主義国が最もうまく統治されていない社会であることには、ほとんど疑いの余地がない。

 もっともそれは、その他の政治体制を除いた場合の話だ。