文=渡辺慎太郎

EQSのボディサイズはSクラスの標準ボディと比較すると少し長く幅広く背も高い。ボンネットが開かない(ディーラーで整備のときのみ開く)のも、空力を重視したため

1年ぶりの国際試乗会

 メルセデスは現在、「メルセデス・ベンツ」の他に3つのサブブランドを展開しています。メルセデスAMG、メルセデス・マイバッハ、そしてメルセデスEQです。「EQ」は電気自動車(EV)に特化したブランドで、日本でもすでにEQCやEQAが販売されていますが、ここに新たに「EQS」が加わりました。SUVだったEQCやEQAに対してEQSはセダンタイプで「S」が示すように現時点ではEQブランドのフラッグシップモデルという位置付けです。

 コロナ禍によりメルセデスは発表会や試乗会といった大勢のメディアを招くフィジカルなイベントを長らく中止してきましたが、彼らが1年以上ぶりに開催に踏み切った国際試乗会がEQSでした。

 場所はスイス・チューリッヒにある高級リゾートホテルで、ここは以前、旧型のSクラスの試乗会を行ったところでもあります。ちなみに、感染予防対策は万全でした。試乗会参加前に現地でPCR検査を受け、陰性でないと会場内に入ることすら許されず、シャトルバスに乗る際には不織布やナイロンのマスクはNGで、N95やFFP2相当のマスクのみ許されるという徹底ぶりでした。

 EQCやEQAはGLCやGLAをEVにコンバートしたものですが、EQSはメルセデスが新たに開発したEV専用のプラットフォームを使っています。このプラットフォームはホイールベースやトレッドを簡単に変更できるそうで、EQSのようなセダンのみならずSUVにも対応可能とのこと。駆動用のモーターはリダクションギヤやディファレンシャルギヤと共にひとつのケースに収められていて(これを「eATS」と呼ぶ)、これをリヤだけに置く後輪駆動と、フロントとリヤに置く4WDというように、2種類の駆動形式が用意されています。つまり、新開発のプラットフォームとeATSの組み合わせにより、多彩なEVを比較的容易に作れるというわけです。

 

5ドアハッチバックのボディ形状

 EQSはセダンと書きましたがリヤにハッチゲートを持つので、厳密には5ドアハッチバックのボディ形状です。3BOXのセダンよりも2BOXのハッチバックのほうが全体的な雰囲気は少しカジュアルな感じになりますが、「Sクラス相当だけれどSクラスとの差別化を図りたかった」というのがデザインコンセプトだったそうです。

リヤにハッチゲートを持つので、ラゲッジスペースの開口部は大きく荷物の出し入れはしやすい。容量は610-1770L

 また、EVは大きなエンジンとトランスミッションがボンネットの中にないので、ガソリン/ディーゼルエンジン搭載車よりもエンジンコンパートメントを小さくすることができます。ここを小さくするとキャビン前端部を前方に動かすことができる(=室内空間を大きく使える)し、フロントのオーバーハングも短くできます(=タイヤをクルマの四隅における)。これこそがEVならではのパッケージであり、それを成立させるためにはセダンよりハッチバックのほうが都合がよかったという理由もあるようです。

ダッシュボード全面に広がるハイパースクリーンには、メーターパネル、センターディスプレイ、助手席用ディスプレイの3枚が仕込まれている

 しかしEQSのボディでもっとも注目するべき点はエアロダイナミクス、つまり空力です。EQSのCd値は0.20で、これは量産市販車の中では世界トップを誇る数値です。空力をよくすることによる効果はいくつかありますが、EQSでの優先順位は航続距離の延長でした。それをクルマに積む以上、バッテリーのサイズには限界があります。とてつもなく大きなバッテリーを積めば航続距離は伸びますが、ボディはとてつもなく大きくなり車重はとてつもなく重くなり、充電時間はとてつもなく長くなってしまうからです。

 EQSのリヤタイヤの前には小さいゴム製のスポイラーがついていて、これだけで航続距離は3km稼げるそうです。こうした細かい工夫を積み重ねることで空気を整流し、抵抗の少ないボディを作り上げたのです。最新の駆動用バッテリーを用意したこともあります、空力効果と相まってEQSの航続距離は約770kmに達しました。満充電でこれだけ走れれば、とりあえずドライブ中にバッテリー残量をこまめに気にする必要はなさそうです。

 

これまでとちょっと違う新しいクルマ

センターディスプレイはタッチ式の有機EL液晶で、ナビの他にほとんどすべての装備をここでコントロールする。写真は回生ブレーキ作動中を示す(EQS580)

 EQSには後輪駆動のEQS450+と4輪駆動のEQS580の2種類があって、日本には2022年の秋頃に450+が導入予定です。ドアが自動で開閉したり、室内に乗り込むと1枚のガラスで覆われたハイパースクリーンと呼ばれるダッシュボードに迎えられるなど、これまでとはちょっと違う“新しいクルマ”の雰囲気満載です。

 いっぽうで走り始めると、メルセデスのセダンを運転したことがある人ならきっとなんとなく落ち着くような、メルセデスらしい乗り味になっています。重厚感ある快適な乗り心地や正確なハンドリング、ジェントルに力強く加速する様などは、まごうかたなきメルセデスのそれなのだけれど、風切り音は(おそらく空力の効果により)120km/hくらいまでほとんど気になりません。もちろんエンジン音はしないしロードノイズの類も遮音されているので、静粛性はSクラス以上と言えるでしょう。

 メルセデスは2030年にすべての新車をEVできる準備を進めているようです(決定事項ではなく、あくまでもその時の市場の動向次第)。そのためには直前に準備を始めても間に合わないわけで、EQSをスタートに今後続々とEVを投入し、市場の反応やデータを収集、着々とそして用意周到にいまから支度をしているわけです。

急速充電器の容量によっては、15分で300km分の充電ができるという。日本仕様はチャデモ対応になる予定。日本でもそろそろ、大型の充電器の数を増やす時期が来ている